エモと考察の狭間で。

エモと考察、バリキャリとゆるキャリ、厭世観と幸福論、事なかれ主義と突発的行動主義。ゆらぎのなかを揺蕩う、某ベンチャーマーケターの手記。

突然、パンが食べられなくなった

 

唐突だが、私をご存じの方はよく知っていると思うが、私はパン屋が大好きだ。
街に行くときは、食べログを検索し、順番にパン屋を巡る。
可能であればパン屋の店主と話し、雰囲気を堪能する。
パンを爆買いし、ひとつひとつのパンの評価をつける。

これが私の数少ない趣味・・・と言えるものの1つだった。 

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いや、好きだった、という表現が正確かもしれない。

 

異変が起きたのは4月ごろ。
最近パン屋に足が向かないなあ、と変に思っていた。

 

そして、待ちに待ったGW。街歩きすなわちパン屋巡りの捗る時期だ。

5月の初週、実家近くに新しいパン屋を見つけた。
とても可愛いパン屋だ。

・・・なのに。

パン屋を目の前にしても、入りたいと思えない。
いざパン屋に入っても、買いたいものがない。
入ってしまったからには、と買ってみるも、食べる気がおこらない。
仕方なしに口に運ぶも、今まで感じていたような、
心の奥底から沸き起こるような喜びは一切感じられない。

 

・・・どうしてしまったんだろう、私は。

少し前に「食物アレルギー」「グルテンフリー」についてよく調べたことがあった。
ジョコビッチなんかが本を書いていたアレだ。

ジョコビッチの生まれ変わる食事

なんでも、小麦(グルテン)と身体との相性が悪い人間が一定存在するらしい。
確かに、1日にパンを何個も食べた日には、少しお腹が痛むことはあった。

いやでも、多分、そういうものとは関係なく、
ぱたり、とパンが食べられなくなってしまったのだ。

 

・・・思い返せば昨日、久々に風呂上がりにアサヒスーパードライを飲んだが、
今まで感じていたような、心まで潤すような喜びがなくなっていた。

 

突然、何かが変わってしまったようだ。
麦が駄目なのか?

 

パン屋巡りを趣味の一環としていた。
これは街歩きと並んで私のライフワークになると思っていた。

ビールについても、好きでよく飲み比べをしていたし、
ビールフリークの集うビール女子会なるものの門をたたき、
ビールへの熱い思いを文字にし、見事抽選に当選したのは先週の話だ。
9月のビール検定も受けるつもりだった。

夢であって欲しい。夢じゃなくて何なのか。

 

・・・でも、それ以上に、
今まで大好きだったものが突然自分にとって心地よいものではなくなる、
という感覚に、喪失感以上に、ある種の恐怖を感じた。

自分が拠り所にしていたものが、失われていくなんて、思ってもいなかった。
まして、相手が選ぶのでないと思っていた食べ物で。

自分の自発性や意思によっていかようにもなるから、
食べ物が好きだったのだろう。

そういうわけで、これからどうすればいいのか、路頭に迷っている。
失ったのかもしれないものをどう穴埋めするか考えるのは、
まだまだ喪失感が大きくて難しい。
少しずつ、自分の欲や意思と向き合うことにしよう。

 

因みに。

 

同日、実家で学生時代から頑なに米を拒んでいた私が、
無意識に「おにぎり食べたい」と言って母を予想外に喜ばせる、
という出来事があった。

これはすなわち「パン派から米派への移行」といった、
ありふれた嗜好の変化なのだろうか。
年による味覚の変化には枚挙に暇がないと言うが、それなのだろうか。

 

追記

matome.naver.jp

これは近いかもしれない。
1日3つくらいの勢いでパンを食べていたから、
一生分食べ尽くしてしまったのかもしれない・・・

他の好きな食べ物についても、
こうならないように気をつけよう。

 

さらに追記

今までと少しテイストの違うブログに挑戦してみました。
この後の記事に書きますが、色々試してみようと思います。

コンサル4年目の抱負。

おはようございます!

4年目1日目は、週末のテニスと納品疲れから爆睡し、
朝は健やかに5時起床でございました。
完全に早起きおばさんです。笑

 

4年目になりました

さて、今日から4年目。

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いえあ。4年目。いえす、4年目。

正直3年やれれば御の字って思っていたところもあったので、
今日という日を迎えられたことは感慨深いなあと本当に思います。

自分だけだったら心が折れていたであろうたくさんのことを、
友人、先輩、親友、上司、恋人などの力でここまで乗り越えて
今ここまでこれたんだろうなと、
ひとえに色んな感謝しかないです。

さて、4年目なので、抱負を簡単に。

 

4年目の抱負は「自立」して「ちゃんと生きる」こと

 

この5つです。

 

  • 自分の仕事を自分の裁量できちんとやる。
  • 自分の仕事は自分で創る。アサイン運に翻弄されない。
  • 他人の痛みにも敏感になる。
  • 自発的に動き続ける。そのために考え続ける。
  • 自分を創る言葉・文章を見つける。

 

以下で少し詳しく見ていきます。

 

・自分の仕事を自分の裁量できちんとやる。


人の力をたくさん借りて案件デリバリーをするスタイルは今後も変わらないけど、
それにしても、デリバリーだけでなく品質にも責任感を持って、
仕事できるようになりたい。

 

・自分の仕事は自分で創る。アサイン運に翻弄されない。


生産性のない文句ほど意味のないものはないので、
まずは環境づくりのための努力は厭わないようにしたい。
それは案件獲得しかり、上司しかり。
そこをまず努力したら、そこからは、
ただお客様と上司に全幅の信頼を置く。きちんと仕事をする。

 

・他人の痛みに敏感になる。


自分の痛みを人に吐露することに躍起になると、
片務的な関係になってしまい、信頼を醸成するのは難しい。
相手を好いていることをアピールするだけではなく、
その人の痛みを知り、どうすれば少しでも癒すことができるのかを
考えることに時間や労力を割きたい。

大事な人の役に立つために生きたい。

 

・自発的に動き続ける。そのために考え続ける。


むしろ逆なのかな?でもこっちのがしっくり来る。

いい環境、いい会社、いいチームを作るためには
自分が持った違和感の価値を信じて、とにかく人にぶつけ、
それを形にし続けていくことが大事。

だいたいのことは失敗に終わるかもしれないけど、
プライドさえ捨ててしまえば、後はやるだけになる。
その方が生活にハリが出て、楽しいと思う。

良くする方向に動き、最後は祈る。

世の中の呪いじゃなくて、信じたもので好循環が回り、
日々幸せに生きられることをきちんと証明する。

 

・自分を創る言葉・文章を見つける。


今まで何も(進学先、就職先すら)決められなかった私が
自分の今いる場所や一緒にいる人を信じて、
自分の道を一人で生きることを選択しようとしている。

それは辛いことではあるけれども、
人生に仲間はいるから、きっと大丈夫だと思う。

それは人間関係だけではなく、
どうやら言葉や文章もそれに当たるんだと思う。

なので、今年度は一生添い遂げたいと思える言葉を見つけたい。

 

 

以上。

仕事は人生を形成する第一要素というか、人生そのものなので、
ウェットなコミュニケーションや、ラディカルな思想を
持ち込みそうになりがちだけど、凛としてしなやかでありたいです。

年初に定めた
「2017年 自分を生きる一年」をちゃんとやりきります。

 

それでは、今年度もそれぞれの持ち場で頑張りましょう。

(仕事すっか・・・)

子どもの読書と大人の読書の違いとは? ~「死ぬ前に後悔しない読書術」を読んで子どもの自分を激しく反省したお話。

自分の問題意識に肉薄する本が、
自然と自分の周りに集まってくるなと
常々不思議に思うくろえです。なんでだろうね。

 

そんな私が昔借りた本をようやく返却。

 

www.amazon.co.jp

 

こちらですね。前回の記事とも関係してるかも。

読書術とか読んじゃう残念さは置いておいて笑、
社内活動で本を扱っていることもあり、
本の読み方を考えるにあたっていい本だったのでシェアです。

 

というわけで、印象深かったところを簡単に記述していきますね。

 

最近気付いた自分の変化

 

昔は、ただ知識豊富だったり博識な人をすごいなと思っていたけど、
最近は博識さをひけらかす衒学的な人を見ると
はあ、そういうやつですか、
と苦虫を噛み潰したような顔になるようになった。

一方、日頃ひけらかさないが、困ったときに
すっ、と言葉を贈ってくれる人もまた、存在する。

 

この差はなんなんだろう、と思っていた。

(忘れてはいけないのは、私はどちらかといえば
知識を溜め込む方が好きだ、ということだ。
それはきっと、智慧ではない)

 

「子どもの読書」と「大人の読書」

 

本書には、以下のような記述がある。

 

子どもは読書により武装するが、大人は読書により武装を解除する。

 

はあなるほど、と思った。
受験戦争や単位取得のための丸暗記や、
ひけらかすことが良しとされていた場においては、
まさに子どもの読書が必要だったのだろう。
(もちろんこれも大人になっても継続することだろうが)

ただ、大人になるということを
ここまで綺麗に言語化しているのは、自分にとって驚きだった。

子どもの読書は
「現実逃避、自己正当化、知的武装のための読書、即物的な刺激を求める読書」
であり、大人の読書はそうではないのだと。

ただひたすらに耳が痛い。

 

じゃあ大人の読書ってなんだ?

 

大人の読書は、情報よりも大切なものを得るためにするものなんだそうだ。
そういう意味で言うと、大人の読書の効能とは、事後的にしか確認できないし、
なんだか即物的じゃなくて難しそうだ。

 

心のなかにじんわり残る言葉を、少しずつ増やしていくこと。
人生に役に立つ本をよむこと。
自分に頼るのではなく、過去の叡智にあたること。

 

そういう、今までイヤダイヤダと避けてきたことを、
これからはきちんとやっていきたい。

それが、自立することなんだろうと思う。
(そして現代社会においてそれはとても難しい)

 

とりあえずまともな本を読みます・・・ちょっとずつ。

 

とりま、読もうと思ってずっと先送りにしていた文豪作品。

その中でも興味の端緒を持てそうな
ヘルマン・ヘッセゲーテニーチェ
坂口安吾夏目漱石太宰治
とかは人として読もうと思いました。自戒自戒。

 

---

 

次は3年間の社会人生活の振り返り記事を書きます!多分。
もしくは今週末観たムーンライトの感想記事かな。
気が向いた方を書きます。

 

追記

3ヶ月取り組んだプロジェクトが本日ついに終焉を迎えました。
私にとっては初めてのことだらけのプロジェクトだったけど、
今までで一番いいプロジェクトでした・・・涙。

上司にも恵まれ、お客様にも恵まれ、
夢みたいな3ヶ月間でした。。。
生きてると、こんないいこともあるんだなあ。。。

明日からはちょっとつらめなアサインだけど、
切り替えて頑張ります・・・!

本を読めないのが悩みだった私が本に対して持っていた5つの「呪い」

こんにちは。

反響の有無にかかわらず、
淡々とブログを書き続けます。
思考垂れ流し女くろえです。

(会社がうるさかったときの精神集中に使うなど。)

 

今回は、読書について書いてみます。

(本当はLGBTとセクマイについて考えていて、
何か書きたくてしょうがないんだけど、
なかなか考えを言語化できずに困っているので、
いずれ公開します。。。こっちが先。。。)

 

社内ワーキンググループ「本わく」での学習促進活動

 

現在社内で学習促進のワーキンググループを立ち上げ、
有志で勝手に活動しています。

その名も「本棚わくわく藩(通称本わく)」。

 

メンバーは4人の小さなワーキンググループですが、
メンバーの読んだ本を全社におすすめして掲示したり、
社員の誰かが勉強したい分野の勉強会を企画したり、
会社にある本棚の本を適宜拡充・整理したり、
社内でトレンドになっている本で勝手に特集を組んだり、
と日々本や学習にまつわる活動をちんまりしております。

 

で、最近、複数のところで話を聞くのが
「わたし全然本読めないんだよね」という話。

 

私も本は全く読めなかった

 

私の過去を振り返ってみると、
決して私は本好きではなかったなと思います。

幼少期は決まった絵本しか読まなかったし、
小学校時代は漫画の伝記と中学受験によく出る本しか読まなかったし、
中高時代は「図書館にいる奴らはスクールカースト下のやつ」
と勝手に思いこんでいて一切本は読まなかったし(最低)、
大学時代であっても、課題の本か自己啓発本くらいしか読みませんでした。

 

社会人になるまで、小説も含めて読書経験は
(レポート作成目的を除けば)ほぼ皆無だった、と言えるでしょう。

 

今となっては後悔ばかりではありますが、
そんな、本を全く読めなかった私が、今では
毎週図書館に通い、本に関する社内活動をし、
というところまで改善した、というのは、
自分で書いてみても少しだけ感慨深いものがあります。
(もちろん、今も長文は読めないわけですが・・・)

 

というわけで、今回は
「過去の自分の持っていた呪いと、その処方箋」
ということについて、書いてみようと思います。

 

私の持っていた5つの「呪い」

 

  1. 最後まで読まないといけない
  2. 読んだらすべての知識を吸収しないといけない
  3. 読んだら読了なので、もう2度と読まない
  4. メモしながら読まないといけない
  5. 教訓のない本には意味がない

 

以上の5つです。少し詳細に見ていきますね。

 

1.最後まで読まないといけない

手に取った本は、全てきちんと読むべきだと思っていました。

 

2.読んだらすべての知識を吸収しないといけない

手に取った本からは、詳細にメモを取り、余すことなく知識を吸収すべきだと思っていました。

 

3.読んだら読了なので、もう2度と読まない

上記のように、かなり精読をしてメモをとるので、もう二度と開かなくていいようにしようと思っていました。

 

4.メモしながら読まないといけない

そのとき感じたことときちんと向き合おうと思っていたので、メモや感想をくまなくノートに書いていました。
逆に言えば、ノートの取れない環境では、本は読めないものだと思っていました。

 

5.教訓のない本には意味がない

意味のあるもの、他人に言えるようなものしか読んではいけないと思っていました。

だから、エッセイや小説は、読むべきではない、と思っていました。

 

(今も上記は抜け切らない部分はある・・・)

 

社会人になって起こった「呪いからの解放」

 

多分、本をよく読む人との会話などによって、
少しずつ、本へのバイアスがほどけていきました。

そこで得られた発見を4つほど。

  1. 「優等生」な読み方でなくてもいい
  2. 何度読んでも違う発見がある
  3. 本を通じて自分を発見する
  4. カッコつけのための本ではない

以下は、私の呪いの解放を少し詳しく見ていきます。

 

1.「優等生」でなくてもいいという赦し

パラ読みでもいい。目次だけで放棄してもいい。
本に対するスタンスが軽くなったので、
本を手に取る時の肩の荷も軽くなったように思います。

 

2.何度読んでも違う発見があることへの気付き

一度読んで全部を吸収しなくてもいいし、
何度読んでも退屈しない本はある。
そう思えるようになったので、本の内容を
詳細に記録しないでも本を読めるようになりました。

 

3.本を通じて自分を発見するといういとなみ

本から何かを学ぶ、というスタンスが大きかったのですが、
その本を読んだときの自分の心の動きに関心をもったり、
自分の視点転換をメタ化しようとすることで、
どんな本であっても、一旦読んでみることが出来るようになりました。

 

4.カッコつけのための本ではない

であれば、意味のあるもの、他人に言えるようなものである必要はありません。
かっこつけのために難しい本を読むのは苦役なので、
(もちろん必要なときもあるのですが、)
自分がその時に心の向いた本をよむようになりました。

 

新しいマインドセット

 

今は、以下のようなマインドセットで
本と向き合おうといいなって思っています。

(出来ているわけではない)

  1. 自分を知るために本を選ぶ
  2. まずは目次をしっかり読む
  3. 全部読もうとせず、変だなと思ったらやめる
  4. 最初から買わない
  5. 興味範囲を広げる
  6. 「困った時、傷ついた時に、寄り添ってくれる本」を見つける

以下、もう少し詳しく。

 

1.自分を知るために本を選ぶ

自分がどんな本が心地よいのかを知る時間として。
自分が手に取った本に関心を持つ、という順番でもいいのかな、と思っています。

 

2.まずは目次をしっかり読む

中身まで入る前に、全体像を把握することで、
意味不明な徒労感から開放されたいと思っています。

 

3.全部読もうとせず、変だなと思ったらやめる

今はタイミングじゃないんだな、とか、
今後こういうふうになったときには読めるな、とか、
てきとうに自分を諦めさせるようにしようと思っています。

 

4.最初から買わない

まずは立ち読み、もしくは図書館で。
何度でも読み返したいと思ったら購入。
というように、段階をつけることで、
じょじょに本を自由意思と多幸感のなかで読めるようになりたいです。

 

5.興味範囲を広げる

自分の心の赴くままに本を読むと、
自分の関心領域に関する本ばかり読んでしまいます。

興味範囲はいってい広いとは言え、
このままでいいのか、という感じもあり・・・

なので、他人のおすすめを
積極的に受け入れようと思います。

 

6.「困った時、傷ついた時に、寄り添ってくれる本」を見つける

とはいえ、心の赴くままにやるのではなく、
ゆくゆくは見つけていきたいのは、
拠り所になる本の存在です。

でもこれ、どうやって見つけるんだろう。
これも信頼できる他人のおすすめかな。

ちょっとずつ、探していきたいです。
今のところは「星の王子さま」かなあ。

 

 

・・・以上です。また長くなってしまった。

 

「本を手に取るまでのステップ」については、
次の記事で書きます(多分)。

 

それでは。

【逃げ恥】「呪い」から、解き放たれなくてもいいじゃない?

こんにちは。

最近再び仕事のし過ぎで、
頭とか色んなところがおかしくなってきている
くろえです。(これを3末現象と呼びます)


※弊社は予算消化に活躍しがち

現実逃避に記事投稿します。

 

逃げるは恥だが役に立つ

 

突然ですが、アレ、よかったですよね。

価値規範に対する意識が一定高く、
スペックも高いゆえに少し生きづらい男女。

双方の心がじょじょに溶けていく様子が、
見ている者の心をも浄化するような作品だったように思います。

とにもかくにも、星野源がイケメンで死ぬかと思った作品でしたね。
(塩顔男子崇拝クラスタ!顔は何もない方が良い!)

 

だがしかし大本命はゆりちゃん


特に、主人公みくりの伯母であるゆりちゃんはやばかった。
強いのに弱いのにきちんと自己肯定をして前を向いている、
そんなゆりちゃんに萌えというより敬愛の気持ちを覚えました。

 

名台詞「自分に呪いをかけないで。そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまいなさい。」


話は本題へ。私はこの話がしたかった。

「枠にはめる」ことは呪いなのか。
呪いからは逃げたほうがいいのか。

私はその問いとずっと戦ってきたように思います。
考えては、枠組みにはまっている自分を嫌いになっていました。

 

この思考に対して、一定の解を与えているのが、
このゆりちゃんのセリフのように思えたのです。

 

人間は「縛られたい」と「束縛から解き放たれたい」という、
相反する2つの欲求を持っていると思っています。

それはどちらも間違っていない。
振り子のように、その感情を行き来することで
毎日を過ごしているように思います。

 

そしてそのことは、生きることの命題でもある
「死なないように生きる」ことのために
必要な試行錯誤であるようにも思います。

 

だからこそ、呪いの取扱いに一喜一憂するのではなく、
そんな呪いからとっとと逃げてしまって、
呪いから開放された上で前を向き、
よりよいいとなみをできるよう工夫できるように、
という示唆なんだろうなと思いました。

 

自分自身の自戒にも強く繋がりました。
私は、自分を呪いから解放しようとしました。

 

呪いから解き放たれるとどうなるのか

 

呪いから逃げ、逃げ、逃げ回ると、
いつのまにか呪いから解き放たれている(と錯覚する)
状態に近づいていきます。

 

そのとき、何が起こるのか。

 

呪いによって自分を拘束していた自分との出会いがもたらされます。
そして、呪いなしに立つことの出来ない自分への絶望。

 

わたしは、呪われている方が楽だった、と思いました。
だって、価値規範を選択せずとも社会の流れに乗っかれば
それなりの行動が取りやすいから。

呪いから解放されすぎると、
自分への過信をせざるを得なくなったり、
風当たりの強さから心が折れてしまったり。
社会の流れに棹さすのは、
殺すか死ぬか、くらいの戦いであるようにも感じられました。

 

呪いにも棹を刺さない

 

私は思いました。


「呪いからの解放」に躍起になっても、
結局戻ってくるのは同じ場所であると。

なので、一旦見ないことにすることにしました。
呪いも、呪われている人も、呪われている自分自身も。

そうなった後、自分がどうなるのか。
それを客観的に観測するのが、
2017年のわたしのやるべきことかな、と思います。

 

上善如水を少しでも意識して、
日々を健やかに生きていきたいです。

GEの人事組織制度変更に見る、これからの組織のあり方についての一考

 

こんばんは!


そういうわけで結婚できないキャラに益々磨きがかかっている今日この頃ですが笑、
会社の席替えにより、いよいよ通常時のコミュニケーションがなくなりすぎて、
拗らせた挙句漫喫に夜な夜な立てこもり恋愛拗らせ漫画やレズ風俗ルポ漫画を
読み漁っています、ええ。今日も通常運転で馬鹿です。くろえです。
(本当に環境って大事。)

 

そういうわけで、社内環境に思いを馳せることが多いので、
印象に残った記事を共有します。

 

「GE」の人事制度変更について

 

mirai.doda.jp

 

ビジョナリー・カンパニーとして知られる「GE(ゼネラル・エレクトリック)」が、昨年人事制度を大変革しました。変革は「2本柱」からなります。

  1. 上司・部下間で行う評価サイクルを「一年に一度」から「リアルタイム」へ
  2. 社員を業績とバリューの2軸で評価し、9つのグループに「ランク分けする制度の撤廃」

社員を業績とバリューの2軸で評価し、9つのグループにランク分けする制度
っていうのは、日本でも上記の制度を真似しているところは多いんだとか。

今回、何が起こったんだろう、ということを記事を通じて考えていきます。

 

ポイントは「即時性」と「人間性の反映(ランク分けする制度の撤廃)」

 

①即時性について

 

時代の変化の流れが早くて、即時性が必要になっているところが大きいのかなと。

それに加え、社会生活を営む上で、人の行動を制約したり縛られるものが
どんどんなくなっていって、「潮流」の変化スピードが変わっているのかも。

 

社外の変化するスピードが社内を簡単に上回る時代においては、
社内も変わっていかないと、という話なのかなと思っています。

 

そうなってくると、「変化に対応しながら一緒に価値を出して働く」という世界観がいいじゃない、ということになるよね、と。
この価値観にたつ時点で、一つ大きな認識の変化が起こると考えられます。
それは「上下関係・ヒエラルキーよりも共創が重要になってくる」ということ。

今まで「身分が上」という理由だけで偉そうにしていた人がいたんだとすれば
それは時代には合わなくなってきている、ということなのでしょう。

 

人事制度とかも上記の変化に合わせて変わっていくべきだし、
万人が万人の形でコミットできるような土壌を作っていかなくちゃいけないのでしょう。


私は実際の制度設計にはあまり詳しくないし、
報酬体系とかはそれこそ専門知識が必要なんだろうけど、
「こんな方向性・世界観がいいよね」というところからみんなで話して、
上の人からもみんなに伝えるし、
下の人から草の根的な展開・浸透もあるし、というなかで
同じ方向を見て活動できる組織が、これからあるべき組織の形なのかな、と思います。

 

因みに完全に蛇足ですが、そういう意味で、弊社は結構先進的だし、
(というか案件の性質的にそうならざるを得ないという認識か?)
手の届くところにそうなる契機・チャンスがいっぱいあって、
そういう意味で、とてもいい会社だなと思っています。
(言い方を変えれば制度が整ってないとも言えると思うけど。笑)

 

<この辺に弊社へのエントリーボタンをこっそり置きたい・・・やんないけど笑>

 

それこそ惚気だけど、
自分の周りには幸いにも心から信じられる上司がいて、
この人と一緒に働きたいと(合理的な理由であれば)主張できる場所があって、
そういう人間性や親和性を勘案したアサインを検討してくれる信頼があって、
不条理や陰湿なものを明らかにし、おかしいと叫べばいい方向に向かう、
というなんとなくの手触りを信じられる確信があるからかなと思います。

 

(まあどんなに賢明な人間がいたとしても、この世は人間社会なので、
絶対的に正しいことは存在しないし個々人によって認識は違うし、
もちろんそれなりに主張することには痛手はあって、
面倒くさいと思われて、避けられ、酒の肴にされるか蔑まれるか無視される
とかはあるけど)

(が、そういう人はどうでもいいと割り切る強さを持てないと
物事は変わっていかないと覚悟を持たねばならないとは思う)

 

人間性の反映について

 

そのためには、部下個人、「その人が分かる」ことが大切。そんなとき、実は「強さ」だけではなく、「弱さも見せられるマネジャー」こそが強いんです。

 

そしてこれは本当にそう。
自分の上司や先輩を、評価者と捉えて頑張るのか、
共創者と捉えて一緒に仕事するのか。

 

それと矛盾するかもだけど、
自分がぼろぼろになっても帰ってよしよししてくれる場所があるのか。

 

不確実性の高い世の中において、
挑戦するのは怖いからどんどんハードルが高くなっているようにも思うし、
成功を測る基準も一瞬で陳腐になるから、尊大な自尊心だけでは頑張れない。

そういう信頼や紐帯があるからこそ全力を出して頑張ろうと思える、
というものなのかな、とも思います。

 

ツイッターとかリアルの飲みの場とかで
会社くそだとかいけすかない上司・部下がいるとか
色々悪口を言う/書く人がいるけど

なら変えちゃうか、無理なら諦めるか辞めるか、ということだよなと。

会社名、とか体裁、とか名誉、に重要性を見出して
それでもそこにいるのは自分自身だって
思ってそれぞれの持ち場で頑張る、というのだって、
別に全然いいことだとは思うし(私はそういう人とは親和性は低いが)、

あるいは心を閉ざす、諦める、むりなら場所を変える
ということをしないといけないよなあ、と思ったりします。

 

なんにせよ、前に進みたい。進まなきゃ。

 

よくなることくらいしか、人間の取り組むべきことはないんだと思う。
尊大な自尊心ではなく、事実を真っ直ぐ見つめる。
その辺は、尊敬する下田美咲様がよく言っていることです。

 

cakes.mu

 

おまけ:最近のそれっぽい取り組み

 

上司からのリアルタイムFBに近いことは
GoogleDocsを使って自分の上司ともやっていて、
打ち合わせの時だけでなく作業中にもいつでも確認できるように。
部下の作業進捗が確認できるだけじゃなくて、
評価も、状態に対するフィードバックも即出来て一石二鳥。

個人的に、これは全社的に広がっていくといいかも、って思ったりしている。

 

よし、あと少し、お仕事頑張ろう。
ではでは~。

【ぷちライフハック】欲を出しすぎて保存しすぎたとき、どうすればいい!?【Pocket利用マニュアルその2】

こんにちは。
若年層の日常生活に関する調査をしていたら、
目がどんどん死んだ魚の眼のようになってきたくろえです。

というわけで気分転換に前回の記事の続き。

 

Pocketに溜まりまくった未読記事を一括削除する方法

Pocketにぽいぽい保存していると、
つい貯まってしまいますよね。

※くろえさんの現段階での記事ストック数は
ついに「413」になってしまいました。。。

 

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というわけで、まとめて記事削除するときは(PCからのみですが)、

・Ctrl(MacならCommand)を押してクリック
・Shiftキーを使って一気に選択することも可能

ということみたいです。

 

そもそも先送りしてしまうということについて

shirose.jp 

 

  1. 今は読む時間がないから後で読もう
  2. 記事の内容を実践したいから後でもう1度読み返そう
  3. 思い出に残る記事だったからいつか読み返す時のために取っておこう

 ということが書いてありますが、
くろえさんの場合は、1がメインなんですよね。

2,3はPocketのお気に入りに入れて解決、なので・・・

1についてはそもそも情報の断捨離が必要ということなんでしょうね。

  • 流入する情報を整理する(同じ情報の重複はないか?)
    ※いま私の場合メルマガとLINEがかぶってたりする
  • 自分が本当に読みたいサイト・ブログのフィードに絞る
    ※優先は日経ウーマンとcakesとnoteかなあ
  • 有名どころの記事はあえて購読しない
    SNSでも見かけるから十分、ということですね
  • 一般的なニュースについては流入元を限定する
    ※私の場合LINEニュースくらいかも・・・あ、でも日経オンラインと朝日新聞のメルマガも来る・・・

以上が基本的なところなんだと思うけど、
なんかこういうので解決できる気がしない・・・

優先度をつけるべきなのか?

そもそもPocketに入れる瞬間に、
★とかをつけるとか、日程を入れるとか、
何らかのタグ付けをするのが有効かもなと思いました。

ぽいぽい入れてしまうときにラベル付をするか、
ぽいぽい入れる前に本当にぽいぽいしていいか考えるか。


でも、そうすると利便性とのトレードオフになる・・・
利便性が圧倒的に悪くなる・・・

ということで、思いついたのは以下。

 

1日の終わりに、今日放り込んだ記事を判断する時間を作る

それで断捨離もしくはラベル付でしょうか。
1回試してみようと思います。

Pocketに空の記事で「日付区切り」を挿入しておくと、
消化や整理が捗るという話もあるので、
それにも挑戦したいです。

 

定期的に消す

情報というのは、本当に水もの。
興味をもつのも一瞬だし、それが失われるのもまた、
一瞬だったりするわけです。

なので、置いておかずに定期的に消すのは
いいかもしれません。

 

あらゆる方法で記事を消化する

Pocketの記事を読みきれない量ぽいぽいするという話以外に、
記事をもっと効率的に消化するというソリューションもありますよね。

そのために革新的かも!と思ったのは「リッスン機能」。

Pocketの特徴として、音で聞くことが出来るという機能があるんですね。
これは試してみてもいいかも。

 

埋蔵された記事を掘り起こす

こんなサービスを発見しました。

www.lifehacker.jp

『PocketRocket』を使えば、記事を毎日1つずつメールでランダムに送ってくれ、
さらにその後はアーカイブに入れてくれるため、保存記事を減らすのに役立ちます。

確かに、これは便利。ただ、今やってみているけど、
記事になってるものがアーカイブになってしまうので、
あとできちんと読みたかったのに・・・!
みたいなことになりかねず、あくまで埋蔵金的な感じで
使う感じかなと思っています。
(上記の対策を打てるようになったら廃止する想定なので、
一時的な暫定措置としています)

 

---

 

以上、Pocketの利便性ゆえに困っているくろえの思考垂れ流し回でした。
解決したらまたご報告します。笑

それでは!

【ぷちライフハック】「Pocket」を入れたらQOLが向上した話

こんにちは。
今年は仕事のマインドシェアが高い
引きこもり気質なくろえです。

 

さて、最近スマホに関する調査をしてるんですが、
個人的にも先週スマホを買い替えたので、
アプリやウェブサービスに対する関心が
高まりを見せております。

 

というわけで、最近入れた
おすすめアプリ(ウェブサービス)を一つ。

「Pocket」というアプリです。

Pocketとは?

getpocket.com

d.hatena.ne.jp

 

世界で2,100万人も使っているというから驚き。

 

なんかいいことあるの?

このアプリを利用すると、

  • 気になる記事を一瞬でネット上に保存
  • あらゆる情報を一元管理
  • SNSなどのWebサービスにシェア
  • お気に入りの記事はコメント付きで保存

などをすることが可能になります。

私は今年の頭くらいから使い始めて
2ヶ月くらいになるでしょうか。

スマホ利用のうち半分くらいは
このアプリを見るようになりました笑。

※代わりにNewsPicksaアプリとかLINEニュース関連にさく時間と、
仕事中のウェブサイト閲覧の時間が減ったように思います笑

というわけで、以下にメリットをば。

 

Pocketを利用するメリット

①様々なデバイス間で連携できる!

私はスマホ、iPadmini、パソコンの3デバイス
場所や目的に応じて使っているんですが、
バイスをまたいで記事を保存できるというのは
非常に便利だな~と思います。

情報がデバイスで分断されるのはストレスなので・・・
(今までは3つのデバイスでパラレルに情報収集してた)

いってい、Googleのアカウントを統一すればいいのかもですが、
アプリ起動するだけで読めるので、いいかなと思いました。

 ②対応しているスマホアプリ・Webサービスが非常に多い

何を見ていても、だいたいPocketに連携できます。べんり!

 

③感想を(140字以上)貯められる

Pocketの中に「おすすめ」という機能があり、
ここに自分のコメントと一緒に記事をため込めます。

Twitterにも連携できる(しかも140文字以上かける)ので、
今まではTwitterに垂れ流しにしていた記事関連情報も
一元的に溜め込めるようになりました。

Twitterは玉石混淆なので、自分の渾身のコメントも
「結婚したい」「深夜労働なう」みたいなごみツイートに
紛れてしまうのが不満だったようです。。。笑)

 

Chrome拡張機能がある

Save to pocket

chrome.google.com

この拡張機能を使うと、一瞬で記事を登録可能できます。
これはだいぶ捗りますね。

 

スマホだとURLをコピペするだけでOK

アプリを立ち上げると、URLを自動保存してくれます。

参照:スマホでPocketを華麗に操る使い方まとめ! | hoomey

これは、アプリの入れ替えが発生する分
PC版のChromeには劣るとはいえ、
結構便利です。メールもウェブサイトもURLコピペでOK

 

⑥共有ボタンがない記事もシェアできる

食べログとかnoteとか、
スマホからだとSNSへの共有ボタンが分かりにくい。
Pocketをかませることで、自由にシェアできます。

 

⑦Pickするより手軽

人の目が気にならない「自分の倉庫」感があるので、
自分の意見を忌憚なく言いやすい気がします。

 

⑧消込が出来る

読みたいものを消しこんでいけるタスク処理感は、
情報収集欲求の高い人には向いているかもしれません。

 

⑨インターネットに繋がっていなくても記事を読める

通信制限がかかっているときや
電波のないところ、例えば飛行機とかでも
読めるようになります。

 

⑩期間限定の無料記事も読み込んでおいてくれる

cakesなど「一週間のみ、最新記事のみ公開」
のような記事でも、一旦Pocketに保存しておけば
後からゆっくり読めます。これも地味に大きなメリットです。

 

⑪作業を阻害しない

情報は一瞬の出逢い。

逃したくないけど、でも今は手が離せない・・・
そんなときに、ぽっと置いておくことが出来ます。

集中したい時間に記事を見つけたとしても、
あとで空き時間にまとめて読めるので、仕事を中断しなくて済みます。

 

メリットたくさん!超良い!!

・・・ただし、いくつかのデメリットも。

 

Pocketを利用するデメリット

 

①特定のウェブサイトの情報は保存できない

・複数ページが連なっている場合
「日経ウーマン」など
・広告ページを噛ませている場合
「日経ウーマン」など
・会員登録が必要な記事の場合
日経系の記事
・特定のサイト(原因不明)
「東京カレンダー」「note」など
は、うまく保存できません。

 

②全てのウェブサービスで経由したくなる

直接Twitterでつぶやきたいときにも
Pocketを経由したくなるので、手間がかかります。

ただ、こちらの場合には、以下の対策を取ると良いようです。

参照:

作りながら覚える「IFTTT」レシピの使い方活用講座!(全5回) | hoomey

 

③記事が増えすぎる

まあこれは自己責任なんですが・・・

f:id:cloalien:20170222154451j:plain

こんな感じです。読みきれません。

タグで優先度付けするといいのかなあ。
こちらへの対策は、現在考え中です。

 

結論:なんにせよ、とても捗るようになりました

というわけで、Pocket

Pocket

Pocket

  • Read It Later, Inc
  • ニュース
  • 無料

 


是非DLしてみてください!

 

なぜだか今回はらいふはっく系な記事を書いてみました。

今週も残り頑張りましょう~

 

以上、上司が代休で寂しいくろえでした。仕事します。

【目標設定パート2】2017年やらないことを設定したら心が軽くなった

1月後半になってやっと記事更新(遅い)

こんにちは。明日からお仕事なので、ちょっと早起き。

 

やらないこと、持ち越すことを決めてみた

 

今回目標設定するにあたって、
「やらないこと」「持ち越すこと」も決めてみました。

現段階での意思や優先順位ををよりクリアにできるかなと思い。

(決めること、というよりは思考の棚卸し程度ですが・・・)

 

※やってみたら、特に「やらないこと」は難しくて、
(言語化されている以上気になっていることではあるので)
やっていないかを点検する必要はあるように感じました。

 

実際に「持ち越すこと」を書いてみた

 

というわけで書いてみました。

来年以降に持ち越すことの中にも濃淡を付けてみた。以下、ご参考までに。

 

来年以降に持ち越すこと(いずれは取り組みたいが現段階での必然性が低いので後回しにするもの)

■来年やる

  • 投資、運用
    ※今年は定期預金くらいにしておく

  • 語学(英語)
    ※業務等で必要になってからでいいかな。話すの自体は嫌いではないので機会はちょいちょいあるといいが・・・

  • 料理
    ※必要になったら。手の込んだものを作ることに時間をかけるのはバレンタインくらいだろうな笑

  • パンシェルジュ検定
    ※今年は日程が合わなかったため

  • 登山
    ※今年は体幹など基礎をつける年なので、やりたかったけど見送り

 

■いつかやりたい

  • 子育て妄想
    ※相手もいないうちにやっても不毛だしそもそも子どもを生む可能性が低まってきているので

  • 絵本収集
    ※元々絵本は大好きだけど、子供できてからのほうがちゃんとできそうなため。絵本の世界は深そうだし大人向けであってもいい。描けると一番いいよね(妄想)

  • Kindleデビュー
    ※電子媒体での読書に強いメリットを感じていないので

  • 落語
    ※落語心中読んでから落語見るとかなるとそれなりに時間がかかるため。ただし、アニメは一話見てギャン泣きしたので辛いときに見る。

  • ラジオ体操とインストラクター資格
    ※これは興が乗ったら。教員業界に行ったらかな

  • 漫画読む
    ※漫画読むとはまっちゃうし、今は活字のほうが好きだから

  • パン作り
    ※今は買うほうが好きなのと、パン作りは他人と住んでないと作りすぎたときに自分で消化しなきゃいけなくてきついので

  • チーズ検定
    ※今年ビア検定受けてからチーズを学ぶ順番がいいかなという勝手な思い込み

 

■やらないかもしれないので先送り

  • 外貨の絡む金銭的取引
    ※世界がどうなるかわからないので、投資系は今年は始めない。どうしてもやるなら国債くらいにしておく

  • 海外旅行
    ※一緒に行きたい人が出来たら可能性はあるけど、現状満足により海外行きたい欲は一定満たされたのと、海外の魑魅魍魎感に対する感受性をコントロールしないと疲れるため

  • 保険に入る
    ※これも色々検討したが、遺すべき人が出来てからのほうが良いと判断。医療保険もなんだかんだ加入できないのだろうなと思う

 

ついでにやらないことも決めた

 

やらないこと、と置いてしまえば、
余計なことを考えなくて済むので楽かなと思ったので。

(未練は少し残るかもしれないけど、
決めた、という事実だけは大事にしたいなと)

 

■現段階ではやらないと決めたこと

  • 自己肯定感のデフレ
    ※最近どうでもよくなっていたけど、自己卑下モードに入ったところで現状は好転しないので金輪際極力やりたくない

  • 中長期を見据えた人生設計
    ※今は不確定要素多過ぎて考えてもしょうがないし、そもそも大きく人生を展開させるのは自発的にできない人間なので

  • 周りの人間からの比較
    ※2016年の教訓。比較してマウンティングしてくる人とは交わらない。自分からの比較軸の発見とメタ化により、劣等感を醸成させないよう工夫する

  • お酒を控える
    ※まだ控えなくても大丈夫な年齢だと自覚しているのと、馬鹿な飲み方はもうしない(というか出来ないだけだけど笑)と自覚しているので

  • 好きでない人とのお酒
    ※お酒を飲むと一定身体にダメージがあるので、意味のない(特定の相手と親密になりたいという欲求が伴わない)飲酒はしない

  • 異動、転職
    ※余計な思考。ライフステージが変わったら検討

  • 水回りの掃除
    ※今は妹子が担当してくれるため

  • 引っ越し
    ※今年は妹子最後(かもしれない)の年と認識することにするため。引っ越しは最速で来年の初頭に行う予定だが、結婚願望の減退とルームメイト(妹子)と住みたい欲求の高まりにより、どうなるか未定

  • ボードゲーム、謎解き、人狼
    ※よく誘われるけど、ルールの複雑性から忌避しがちだし出来るようになりたいともあまり思わない

 

(なんかこうやって見ると「将来誰かが何かを推進させてくれる」論の信者だな、白馬の王子様理論てやつですね)

 

・・・という感じです。

 

感想

 

こんな感じのことを考えると、より腹が決まった感じがするのでおすすめです。

日々漫然とではなく、意味合いを考えながら生きようと思えます。

 

ついでにSMARTの法則についても書いておく

 

やらないこと、持ち越すこと以外で言うと、他にも以下のようなことを樹にしていたのでメモ程度に。

目標ってどんなのだといいんだろうと思ったら、ここに書いてあったので、意識してみました。

 

  • Specific 具体的!
  • Measurable 測定可能!
  • Actionable 実現可能!
  • Relevant 価値観に相違がない!
  • Timely タイムリー!

 

※タイムリーで1年スパンってどういうことやねん・・・とは思ったけど

 

---

 

意識高い系の投稿は新年で終了します。(これを人はユー●ャン病と呼ぶ)

今年はもうちょいブログ書こうと思うので、
どうぞよろしくお願いいたします~

それではあでぃおす!

【目標設定パート1】2017年の目標をマンダラチャートで書いてみた

まずは新年のご挨拶をば

 

読んでくださっている皆さまへ

あけましておめでとうございます。

遅いですね、すいません笑。

 

ブログ業界は(年始ですしね)活況の今日このごろだと思いますが、
いかがお過ごしでしょうか。

 

今年も懲りずに現れたぞ!くろえです。

(あと、見た目ちょいちょい変えました。デザインをゆるふわ仕様にしたよ!)

 

さて、2017年の目標はいずれFBから転載するとして、
年始に暇だった私は2017年の目標設定を目一杯行うことにしました。

ので、そちらの取り組みをレポートするなど。

 

はじめに ~マンダラチャートとは

 

今回使った手法はマンダラチャート。

 

ferret-plus.com

 

「マンダラチャート」というネーミングは、仏教で使われる「曼荼羅」が由来となっています。
曼荼羅」とは、仏教の聖域、仏の悟りの境地、世界観などを仏像、シンボル、文字、神々などを用いて視覚的・象徴的に表した絵画を指します。

とのこと。

やりたいことはいっぱいあるけど、なんかカオスだったので、
着想を得る、自分の思考ややりたいことを整理するためには
優良なツールかなと思い、利用してみることに。

 

やってみた

 

私は以下のようなやり方で作ってみました。

 

①まずはメモにやりたいことをばーっと書いて、簡単に整理。

(この段階ではまだタイトルとかはついていない)

 

②紙を9つのマスに区切って、8つの周辺のマスに関連項目を入れていく。

(私はこの段階でテーマを区切りました)

 

③最後に(記事では最初に書いてあるし、最初の人もいるかもしれませんね)コアとなる概念を真ん中に記載。

(私はまだここがあまり出来ていない、やるのがむずかしい、未完です・・・)

 

というだけのシンプルなもの。

---

でもこれが結構難しくて!

特にどういうカテゴライズにするか、というところ。
8つしか出せないし、レイヤー揃えるのとか不可能だし、
何より正解がなく、しっくりくるかどうかの勝負なので、
けっこう大変な作業かもです。

 

やってみた結果

 

私の場合、以下のような感じになりました。

□コアテーマ

「柔」

(現段階でのシートには、「人格」というパートをそのまま中に入れました。
ううん、抽象化、苦手なんだよう・・・)

 

□8つのテーマ

・仕事
・自己表現
・人間関係
・趣味
・住環境
・健康(運動)
・健康(食事)
・お金

 

で、以下のような感じ。ちょっとはずいが公開。

 

f:id:cloalien:20170110053334j:plain

 

ここからやることの精査(という名の怠惰?笑)や見直しを
しなきゃいけないわけですが、一旦欲望垂れ流し。

(真ん中は無理だったのでまた修正します・・・)

 

結論

 

やってみて、朧気に1つのコンセプトのもとにまとまったような気がしています。
というわけで、自分としては結構満足。

 

マンダラチャートは、以下の様な場合におすすめかもです。

 

・年間目標を決めるなど、細かいたくさんのことを詰めて整理したいとき
・結局何なんだろう?というコアにあるものを考えたいとき
・茫漠としたテーマを扱うとき
・自分でもうまく整理できていないとき

 

枠組みや思考整理法はあくまで手段にすぎないけど、
それによってQOLの上昇が期待できるかなと思うと、
今後は積極的に使っていきたいですね。

 

おわりに

 

弊社は今日が仕事始めです!
それまでに1回はブログ更新しようと思っていたので、
ほんと、依然として締め切りぎりぎりの人生です笑。

 

それでは今年も頑張りましょう(・ω・)

 

次回予告

 

次回は目標設定でやってよかったことについて続きを書きます~

 

今年は更新増やしたい!1月病に終わらないことを祈る!

以上、くろえでした。会社いこ。

【書評・高評価】「愛しのパン」を読んで

こんにちは。
久しぶりに怒涛の徹夜週間が終了し、
休日を全力で過ごしているくろえです。

最近読んだ本でとてもいい本があったので、覚書です。

 

「愛しのパン」という本。

www.amazon.co.jp

 

読了後の幸せ度:★★★★★

読了後の思考活発度:★★★★☆
文学度:★☆☆☆☆
満足度:★★★★★

 

最近通いつめてる洗足図書館でふと目について借りた本。
文字通り、パンに対する愛おしさが詰まっている本でした。

 

私もパン屋めぐりが趣味で、毎週末3~5軒のパン屋に行くけれど、
この本には、たくさんあるパンの種類を整理して、ひとつひとつを
愛を持って紹介していることが非常によくわかりました。

因みにパンだけではなく、この本の中では
バルミューダを使ったおいしいトーストの仕方や、
具体的なおいしいパン屋情報まで記載されていてびっくり。

パン好きの私理解をしたいという殊勝な方だけでなく、
普段何気なく食べているパンの奥深さを知りたいあなたに
特におすすめします。

 

---

 

さて私のパン好きについて、もう少しだけお話を。

 

私はパンが大好きなのだけど、何故好きかと問われると、
「パン屋さんの人が優しくて、あったかい」から。

 

パン屋さんは御存知の通り、酵母イースト菌を扱う仕事。
湿度や温度など、人間にはコントロールの難しい要素によって
生地の変化などは容易に変わってしまう。

その完全性の欠如、壊れやすさを受け入れつつ、
付き合って、美味しくしていく、という丁寧な作業のなかには
優しくおおらかな人間性が詰まっているような気がするのです。

 

蒲田のぐるぐるべーぐるのぐるぐるママとか、
https://tabelog.com/tokyo/A1315/A131503/13054991/
洗足のワルン・ロティのお母さんとか、
https://tabelog.com/tokyo/A1317/A131711/13048508/
大岡山のショーマッカーのお姉さんとか、
https://tabelog.com/tokyo/A1317/A131711/13045113/

 

やっぱりパン屋さんには、やさしいオーラを纏っている人が多いと思います。
お話をしていても、その話の端々ににじみ出る愛情や
人間性、その優しさに、思わずうっとりしてしまうような感覚を持ちます。

 

一つ一つのパンに、(たとえ冷えていたとしても)
どこかぬくもりのようなものを感じるのは、
ひとえに「作り手の人間性や優しい気持ち」
がこもっているからなのでは、と思ったりします。

 

世間的にはグルテンフリーや炭水化物抜きダイエットの流行があり、
パン業界にとっては向かい風といえる風潮があるかもしれません。

それでも私は、自分の大好きなパンを食べ続けたいし、
パンを買う、お店の人と話す、食べて想像を膨らますことで
人生が豊かになると考えています。

また、パンを購入し、食べるという一連の行為は、
私にとっては、「人の温かさに触れる」行為そのものであり、
「愛」や「好き」という概念が詰まった行為だと考えます。

 

パンで人生を豊かにしたいすべての人に、
この本をおすすめします。

【ゆず】ゆずのみライブ@東京ドーム(11月27日)セトリと感想

【概要】

2016年11月27日「ゆずのみ」@東京ドーム

行ってまいりました、アリーナ席岩沢側!!!(念願)
とりあえずセトリと一言感想だけ・・・

 

【感想】

今まで、もう10回以上ゆずのライブには行ってます。
今回は、自分の中での変化がいくつかあったので、それを置いていきますね。

・ライブの3時間を全力で駆け抜ける体力がなくなった
・家でテレビを見なくなったせいかお笑い要素に耐えられなくなった
・はじめてゆずのライブに本格的に不満を持った(ロイヤリティの低下)
・ラブソングを聞いても、誰を想定して聞けばいいのかわからなくなった

もうそろそろ、ライブに行くのは潮時なのかしら・・・

 とか言いつつ、きっとなんだかんだで行き続けてしまうのだけど。

それは、ゆずのためではなく、定期的に自分と向き合うため、なのかもね。

まあもちろん、岩沢様が好き、っちゅうのは根底にあるとしても。

 

【セトリ】

1.春一番
2.ドームボンバイ
3.いこう
4.待ちぼうけ
★昨日は街灯だったとのこと。いいなあ街灯。待ちぼうけも好きだけど。
5.
★これは神選曲。昨日は大バカモノだったようだけど、これは大正解。
6.贈る詩
★たまるお誕生日おめでとう。
7.春風
★ここが土曜日はくず星だったらしい、いいのう・・・でも春風も好き。今まで好きだった相手に届けたくなった
8.連呼
★この流れは神
9.3番線
★中途半端に生きて行くって言った奴がコネをこねくりまわして これでも・・・(歌詞は一応電柱マンらしいですが)すれすれのことするなあと思いました。「ああ、素晴らしいこの世の果てに 場違いならそれはそれってことで」というくだりが本当に好き!

10.GoーGoーサウナ
★タオル~~~~~~~~~~~~腕が痛いよ~~~~~~~~~~
11.飛べない鳥
★感極まって泣いてしまった・・・これはずるや・・・
12.心のままに
★この流れは神

~ここから各々のソロパート~

13.おっちゃんの唄
★岩沢ソロパート。きれいすぎて死ぬかと思った
14.ねぇ

~ソロパート終了~

15.栄光の架橋
16.
★前回は虹とかにぐっときてたんだけど、今回は迫ってくるものがなく、何が変わったんだろうなと思ったり。
17.友達の唄
18.OLA!
★リズムを取りにくい・・・むずい
19.LOVE&peach
★踊れる系はいちごかこれがよかったので満足
20.少年
★回ってる!ゆうちぇるは可愛い。
21.夏色

★それそれそれそれ~~~

~岡柳さんとめちゃイケメンバーの登場~
★バラエティ苦手なのでここで興ざめ。冗長。これで30分って・・・
プロとしてどうなんだろう、ライブでお金とってるんだよね?と混乱。
私はゆずを見に来たのであって、お笑いを見に来たんじゃない。
(栄光の架け橋2度目もやや興ざめ感。。。)

22.嗚呼、青春の日々
23.
24.サヨナラバス
★歌ってほしかったのにお客さんに歌わせてた。でもでも、やっぱりこれは聞きたかったなあ・・・「やっぱりキミが好きなんだ」の「好き」の二文字が耳に心地よすぎる曲。
25.雨のち晴レルヤ
★いい曲。どんな君でも愛している。でも。個人的には。想定する相手がいないことの寂しさのほうが大きかったなあ。
26.てっぺん
★神選曲。最後に持ってかれた。やはりゆずはこの方向性がいいなと。

~退場~
★岩沢神近すぎ死んだ 

また書きますが、一旦これで。

今回は色々と後味が微妙だったけど、やはりこの時間を過ごせてよかったと思いました。懐古厨でも安心のセトリだったことも一要因かな。

そしてライブが終わったので会社でお仕事なう。明日のMTG準備せねば。

それではちゃお!

 

追記

巷での反応はこんな感じらしい。

やはり、優しい世界なんだなあ。

あと、めちゃイケってこんなに市民権を得ているのね。おばさん知らなかった。

music.jocee.jp

 

さらなる追記

その後特集記事も組まれていた。

わたしはいいライブに参加していたんだなあ、ということを今更感じる。

そしてライブレポが私のそれよりはるかに充実していて文章力に嫉妬。

 

【ゆずライブレポート】彼らが“国民的”な理由とは? 共存するアーティスト性と大衆性 ORICON STYLE

www.oricon.co.jp

 

年上女性(60代以上)の美しさについての一考察

やっほう休日出勤上等!くろえです(代休はNO)。

 

ここ最近、
プロジェクト関係で50代から70代くらいの女性と
たくさんお話しております。

(90分たっぷり体調のはなししてる!)

今日もおばあちゃんとたくさんお話してきたので、
小噺というか、思ったことを。

 

●女性の美しい年のとり方についての一考察

 

最近「マウンティング女子の実態」とか
「東京カレンダー」とか読んでいて思うけど、
やはり一言で言うとパワプロ系女子は見たくないなと。

自己意識を拗らせて、でも自分によるべき指標がないと
他人と比較することしかなくなって、ますます醜くなる。

 

最近いわゆる高齢者の方の調査をしていると、

しなやかに、自己主張を激しくすることなく、
自分の体の声に耳を傾けて、静かに、穏やかに、
でも自分の大事にしたいものを大事にしている、
そういう女性が多いような気がしています。

社会では「うるさいおばちゃん」や「聞き分けの悪いババア」
などが取り沙汰されることが一定多い気もするけど、
そうでない人のほうがきっと圧倒的多数で。

正直、50代くらいまでの人であれば、
周りより健康である、美しくある自分、という自意識を肥大化させて
そういうもので生きている人もたくさんいると思うのだけど。

もしかしたら、身体機能の衰えや、
抗えない自分よりも大きなものに対峙することで、
より友人同士で団結し、相互に想い合うようになるのかもなと。

丸くなっていく、と形容されるのかもしれないけど、
そういう問題ではないのかもしれない。

身近な人が死んでしまったり、
自分もどんどん衰えていく中で、
どうやって自嘲的にならず、自分を強くできるのか。

自分がどんな状況になったとしても、
自分の中に判断尺度を持って、
いざというときには周りの力を借りて、
弱いけど強い自分を信じて生きるしかないなと思いました。

 

---

 

そしてそうなったときに、
「自分が健康で有り続けること」は
ほんとうに大事なんだろうなと思いました。


自戒としては、こんなにみんな健康に気をつけるのであれば、
若いうちからきちんと準備しておかねばいけないんだろうなあ。

不摂生で自分の体を痛めつけている自覚はあるんだけど、
ちゃんと生きなくちゃって反省しております。。。
(もろもろのガタをドーピングで補強しているイメージ)

 

---

 

なんにせよ、自分の世代と違う人とお話していると、
たくさんの発見があって面白いです。

そしてそういう人に面白かったとか言ってもらえるのは、
この仕事冥利に尽きるなと(本筋ではないのだけど)。

 

(自分はそこに根を張っているような自覚はあるものの)
パワプロ的世界観は美しくないというのと、
あまり頑張れないパーソナリティなのと、
バリキャリの世界に疲れてしまったので、
近日中にこの仕事やめる前提でいろいろ動いてるんだけど、

やっぱり調査とそこからの発見点についてうにゃうにゃ考えるのは
楽しすぎて、なかなか辞めるって言い出しづらい・・・

 

はい、仕事します。ちゃお。
(今日休日なのに会社に人がそこそこいっぱいいてどうなんだろう)
(というブーメラン。)

 

もういないあなたへの手紙(今年の初めごろの文章です)

おはようじょ。くろえです。

11月になり、ますます寒さが身にしみる昨今ですね。いかが過ごしでしょうか。

さて、更新しようと思っていたブログの記事(過労死の続き)が吹っ飛んでいて執筆意欲を大幅に削がれたので、さっき見つけた、今年の初頭に書いたブログの下書き(鍵付きってことは非公開にしていたのかな?)を謎に晒します。

私にしては短く、すっきりまとめており、すごいな過去の私、とも思ったり。

まあこれ、半分くらい創作(フィクション)なんだけど、こういう気持ちだったんだろうね。今はすっかり懐かしく、そして微笑ましくも思います。

 

---

 

こんにちは。

今頃あなたはどこかで誰かと幸せに暮らしていると思います。

でも、その事実だけで十分です。

あなたと一緒だったらどこまででも行ける、そんな夢を持っていた時期もありました。
私とあなただけの世界でも、きっと何か新しい概念、事象、ふたりだけのもの、が生み出せると信じていました。

優しい言葉を、言葉のままに信じたいと思っていました。私のことばも、あなたのことばも。

届かない、叶わない、とわかっていたけど、やっぱりそうなんだ、と思った時には少しだけ傷ついたふりをしました。

そのときは、人生の春が終わってしまったような感じがしました。今だってそうかもしれません。

それでも生きて行かなきゃいけないらしい。

 

もっといい明日がある期待を捨てられない。生きているからには、捨ててはいけない。

だから、ちょっとだけ忘れて、すごく引きずって、でも、これからも生きていこうと思います。

 

とっても優しくて、とっても温かくて、とっても幸せな時間があったのは、真実だと思います。

さようなら、ありがとう。

【電通事件に寄せて】激務と言われる業界でできるだけ幸せに働く方法とは(追記あり)【その1】

こんにちは。お久しぶりです、くろえです。

 

人の生死を議論するのはとても難しいことで、
こと、私はあまりそういうことを言える立場ではないのだけど、

この話は弊社(およびコンサルティング業界など)では
議論不可避なのではと思ったので、あえて取り上げることにする。

 

---

 

いわゆる「激務」と言われる代理店やコンサル畑で働く我々にとって、
今回の電通過労死事件は他人事とは到底思えないわけで。

事実、私自身も、私の1,2年目(暗黒の新人時代)は
無駄徹夜のち、1日50回くらい死にたいと思ってたし、
実際に飛び込もうと思ったこともあった気もするし、
Twitter(鍵垢です)に
「今日も帰れない」
「(終電で出社して)これ会社に行く時間じゃないな」
「帰社なのか出社なのかわからん」
「今日は何曜日なのか」
「朝帰り乙」
みたいな呪詛を吐いていたような記憶があったりする。
実際、(仕事だけではないと思うが)ストレスから過食症にもなったし、
耐えられなくなって、勤務中に駆け込むように心療内科にも行った。

 

・・・という事実を踏まえて、今回言いたいのは
「徹夜は誰でも新人なら通る道!」的な
パワプロ理論(一定真なりな気もするけど)でも、

パワハラやセクハラが横行する労働環境が悪い!」
と言いたいわけでもない。

 

私が言いたいのは以下の3つ。

  1. (前提として)労働時間が長くなるのは業界構造上仕方ないのでどうしようもない(少なくとも今の私にはどうしようもない)し、働き方に「正解」があるわけではない
    (また、業界的に競争や劣等感といった感情は不可避なのかもしれないし、しょうがない面もある(物量が多い、とか、スキルがないうちは時間がかかる)ので一概に長時間労働を否定するのは筋が悪いとも思う)

  2. でも労働時間が長くなると無条件に病む(無自覚的に、というのも含め)
    (これは業界関係なく事実。労働効率も落ちるし、長時間労働は価値が低いし、長時間労働は確実に精神を蝕む)

  3. 信頼できる人と働く(もしくは味方を一人でもいいから持つ)ことが大事
    (責任の重さ、タスクの多さ、長時間労働などにより、病んでしまいそうになることはままある。そのときに信頼できる、狭窄視野に陥った状態から逃がしてくれる、中長期的に見守ってくれる他人=パワプロ理論以外のロジックをもつと信頼させてくれるような他者の存在が必要で、そういう人が社内にいるとよりよい)

 

上記3つに沿って話を展開していくこととする。

 

 

1.(前提として)労働時間が長くなるのは業界構造上仕方ないのでどうしようもない(少なくとも今の私にはどうしようもない)し、働き方に「正解」があるわけではない

弊社も含め、代理店やコンサルティング業界は
常にお客さん相手に仕事をしているお仕事。

何より大事なのは相手に満足してもらうこと、
お金を出すに値したと思われること、
だというのは大前提だと思う。

なので、(特に弊社やこの業界で言われている)
「価値にこだわる」「バリューを出す」という姿勢は
すごく大事、というか、絶対条件だと言える。

うちの会社の惚気をするつもりはないが、
職人気質のいい仕事をする大人がたくさんいるように思う。
そして、「いい仕事をしたい」と思っていて、
そこにこだわらせてくれる環境があること、
そういう人が働いている職場に要られることは、
恵まれているのかもしれない、とも思う。

(フォーカスポイントが間違っている気もしないでもないし、
無尽蔵に体力がある、要領で物量をさばいているなど、
自分には真似出来ないなと思うことはあるけど)


ただそれは諸刃の剣?でもあって、否定的に言えば
「時間にこだわるんじゃなくて価値にこだわれよ」
という論理にも用意に転び得る(=パワプロ理論の横行)。

「時間は関係ない、バリューフォーカスだ」
「時間がかかるのは自己責任。お前の能力のなさゆえだ」
こういうロジックも容易に成立し得る(もしくはそう認識するのは容易)。

そして未だに、このロジック自体を否定できるようなものを
私は十分に持てていないとも思う。ごもっともすぎる。

社会に出る、とか、責任を全うする、なんて、
本当に生半可なことではないんだなということを感じる。

特にこだわりがない、抜け漏れありまくり、ADHD気質の私からすると
きちんと相手にコミットし、責任を持ってデリバリーする、というのは、
正直かなりきつい。あまちゃんとは言え、向いてないなとつくづく思う。
(外交力とかで乗り切る、という手法を今は取っているわけだが・・・)

繰り返しにはなるが、我々のような仕事、つまり
クライアントからの発注ありきの仕事では特に、
「価値」(しかもそれは必ずしも形で定義できない)
を出さないと存在意義がないと言われてもしょうがない
というのは厳然たる事実だ。

それを踏まえた上で大事なのは、
「(そもそもの価値を定義することや、
周りを巻き込む、助けてもらうということも含めて)
自分にできる範囲で相手に求められている価値を出す」
ということ。
これが、職業人として求められていると感じる。

そのなかでいかに生きるか。

相手に求められている価値を出すまでやるのは
(仕事としては)前提なのだが、
結局のところ、仕事をきちんと完遂することも、
精神的限界を察知して逃げるのも、

すべて自己責任なのだ、というのが、一職業人としての態度なのではないか。

因みに、今の私は、

・前からやろうとする、物量に圧倒される、結果何も出来ない、コミットしない、いざとなると逃げようとする、同僚と比較する、言い訳ばかりの新人時代

から、

・前からやっているときには誰か別の人に助言を得る、物量を減らす、人の力を借りまくる、期限ギリギリにやる気を出す、なんとかギリギリのクオリティのものを持っていき、あとはトークと事後修正でどうにかする、お客さんだけを見ていれば社内は一定どうでもいいという優先度付けに変更

という自己流スタイルに変化した。

(なお、このスタイルをすすめているわけでは決してない)

(しかし、自分の特性やモチベーションの端緒を理解し、
なんとか存在できるぎりぎりのところで踏みとどまっている、
という表現が正しいように思う)

 

2. 労働時間が長くなると無条件に病む

(こと仕事の中で)精神的に病むのには様々な原因があるとは思うが、
「連続して長時間労働する」ことは少なからず精神に悪影響を及ぼすのは自明だ。

(この辺は激務と呼ばれる業界に身をおいている人であれば
皆さん身に覚えがあるのではないでしょうか)

特に若いうちは、身体的疲労がクリティカルなものになる前に
心が疲れていくものだと思う。

「そもそも私はいったい何をしているんだろう」
「仕事に、会社に、社会に、殺されるかもしれない」
「今飛び込んでしまえば、会社に行かなくて済む」
「どうやって起き上がればいいのかわからない」

といった状態。実際、一定以上働くとこういう感じになる。

もちろん、人によるのかもしれないし、無自覚な場合もあるわけだが・・・
(そしてまたそれが武勇伝化するっていうのもあるあるですね)

長時間労働は、必要ではあるとは言え、(短期的にも、中長期的にも)
精神を(中長期的には身体もなんだけど)蝕んでいくのは厳然たる事実

(仕事だから、というわけではなく、何か一つのことに集中した状態で
何時間も続けることは、極度の疲労につながる、ということを言っています)

 

3. 信頼できる人と働く(もしくは味方を一人でもいいから持つ)ことが大事

上記のような業界構造、また人間のカラダの構造からして、
やみやすい環境に置かれているのは言うまでもない。

責任の重さ、タスクの多さ、長時間労働などにより、
病んでしまいそうになることはままあるといえるだろう。

 

では、どうすれば死なずに幸せに働けるのか。


ここで私が言いたいのは、
「信頼できる人が見守ってくれているか否か」が鍵を握るのではないか
ということだ。

心が病んでしまっているとき、自分の目線は
「責任を果たせないかもしれない自分への失望」や、
「能力の低い自分への自己嫌悪」に向いていることが多い。

こんな状態になっていたら、正常な判断はできない。
一旦休んで(もしくは気持ちを切り替えて)リセットし、
自分をもう一度客観的に見られる機会や時間が必要だろう。
しかし、そのことにすら、自分だけでは気づくのは難しい。

そんなときには、結局のところ、周りの人に助けてもらうしかない。

社内、社外は問わないが(様子が見えるという意味では社内のほうが望ましい)
・中長期的に見守って変化を察知してくれる
・狭窄視野に陥った状態から逃がしてくれる
・評価以外の観点で関わっている
人が必要なのではないか。

仕事、仕事のなかでは、容易にパワプロ理論がまかり通る。
価値を出せないやつは存在意義がないと罵倒されることは
ある種理にかなっているとも言える。
(マネジメント観点では間違っていることが多いわけだが)

そんななかで、それ以外の観点があるんだよ、ということを
言ってくれる、かつ信頼できる他者の存在が必要だとつくづく感じる。

・・・結局のところ、自分を見てくれている味方がいる
というところが肝なのではないかと思う。

(そしてそれは価値を出す、アウトプットへの信頼ではなく、
人としての信頼であり、それらは圧倒的に異なる)

会社での仕事というのは、
1人でやるものなのではなく、仲間がいてやるものだ、ということである。

 

逆説的、というか、意外な感じもするが、
こと弊業界のような成果主義の業界ではなおのこと。

(特に責任感の強い人、自己確信のある人、特定の価値判断軸で勝負している人は、
自分の弱さを認識するセンサーが鈍いとも言える。)

 

「今あなたは精神的に追い込まれているんだよ」
「つらいのは事実、つらがっているという事実から目を背けちゃ駄目」
「自分に限界が来ているなら、逃げても大丈夫。
それを社会(とまではいかなくても、少なくとも誰か)は受け入れてくれる」
ということを言ってくれる人がいるかどうか。

「時間(≒経験)でしか解決できないよ」
「死ぬまで働け、死なないから」
「俺はもっと苦労した」
「俺も産業医につれてかれたわ(笑)」
「お前の同期はもっと苦労して働いている」
「お前はなぜ倒れてしまうのか」

と言い切る人しか周りにいなかったら、
私もまた、死ぬしかなかったと思っているわけで(なお上記発言はすべて実話)。

 

※ただ、言っておきたいのは、上記の発言や
今回の問題で言うところのパワハラモラハラ、人格否定は
やっている側に必ずしも悪意があるわけではなく、
会社の作り出している文化の問題だと思う。

だからこそ入る会社は選ばないといけないし、
入社前の段階で「信頼できる社員」を一人でも
見つけておくことは、すごく大事だとも思う。

それが出来なそうだったので大企業に行かなかったのは
かつての自分の選択を褒めたいとも思っている笑。

 

・・・と、ここまで連々と述べてきたが、
自分も別に一人前に価値を出せているわけではないので、
あまちゃんの戯言でしかないとは思う。

ただ、そんなあまちゃんでも、抹殺されることなく幸せに働くには、
自分の身の程をわきまえた上で、
常に冷静に自分にできることを考え、
不幸や過酷さに耽溺するのではなく、
出来ることを淡々とやることのみである、
ということなのではないだろうか。

 

(とはいえ、会社という観点で言うと、
社会に出たばかりのあまちゃんに対して、
社会に出る難しさやお金をいただく難しさは
それでも学んでもらわないと困ることでもあり、
そのギャップは人を容易に混乱させると思うので、
マネジメントって本当に難しいよな・・・)

 

ここで、私の転機について、自己満足的に話を。

 

深夜のMTGからの朝帰りを繰り返した後、一度倒れた。
そして、褒められるでもなく、ささくれ、病み、周りに迷惑をかけ、
部署の偉い人からも苦言を呈されるような状況に。

自分はこのままだとやばい、ということを実感。

しかし、私はもうどうすればいいのかわからなかった。
自分を攻撃することで現実から目を背けることしかできなかった。

「焦ってもしょうがないこと」
「同期と争ってもしょうがないこと」
(勝ち目がないばかりかその目線に立つと幸せにはなれない)
「もっと大事にすべきことがあること」
パワプロ勢からは言い訳乙って言われそうだけど)
を会社の先輩に諭され、しぶしぶ目の前のことに取り組んでみた。

地道ではあるが、少しずつ気づいたのは、

自分にできる範囲のことを宣言して遂行すれば、
他の人が意外と何らかの助けをしてくれること、

会社の人は敵ではなく味方かもしれないこと、

逃げなければ誰かが(結果的に)評価してくれる(かもしれない)こと、

そしてそれは意図することではなく、
ただ目の前のことに誠実になることによってしか得られないということ。

(遂行できているかというのはまた別の話ですが)

 

この経験があったので、相対的に低スペックで
体力精神力ともに劣っていても、なんとか今も仕事を出来ているんだろうなと。

 

※なお、弊社は某国立大学(×2)出身者がほとんどを占めており、
自分の代は自分以外のすべてがそのどちらか出身。
学歴を言い訳にするつもりはないが、処理能力などは歴然の差。

 

以上が自分の経験から言えること。

 

ただそれは会社自体への信頼とは全く関係なく個別具体的な話だし、
全員が全員そういう人を得るべき/得られるというのとは違うので、
あくまで方向性として推奨しているという感じで捉えてもらえれば。

(個人的には、信頼できる社員がいない会社なら、もはや
働く理由もないので辞めちゃえばいいのではと思うわけだが、
仕事にはいろいろな目的が包含されているような気もするので
あくまで一意見として捉えてもらいたいです)

 

結論:労働時間とかの定量的な問題や、それを下支えしている業界構造などにも問題はあるけど、結局のところ、信頼できる人と働く(もしくは味方を一人でもいいから持つ)ことが一番大事

 

ここまでかなり冗長すぎるけど、
会社自体・社会全体が改善するのは難しくて
(特にこういうお金のもらい方をしていると)、
日本全体の課題としては残り続けると思う。

でも、ミクロで考えるのであれば(自衛手段として)、
自分の周りに1人でも信頼できる先輩、上司、同僚を見つけて味方にすることが、
死なないでいながらにして価値を出して働くための
数少ない手段なのではないか。

 

そして、少し視野を大きくして、チーム、という観点で見てみると、
「親和性の問題だから違和感あればやめれば」
って思うことも無きにしもあらずだけど、
そういう短絡的な考え方ではなく、
一緒にやって価値を出すという意思さえあれば
その人なりの働き方を一緒に考えることは出来るよなとも思っている。

 

「その仕事にどんな意味があるのか」
「何が相手にとっての価値なのか」
「具体的にどのように進めればいいのか」
を放置せず、ずっと見守ってくれる、助言をくれる人がいる。

それが、長くきつい労働でも乗り越えられる
唯一の解決策であるように思う。

 

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なんにせよ、こういう働き方はいいようにも悪いようにも捉えうると思うので、
自分の無理のない範囲で柔軟に思考できるといいなと。


だって、自分が幸せになるために働いているもん。少なくとも、私は。


生きているうちの大半を占める職場において、
肩肘張らない場や関係性は少しぐらいあってもいいし、

お互いのパーソナリティや価値観や能力を理解した上で
みんなで目標に向かっていけるような会社で働けると
いいなあ、と(馴れ合いではなく)。

本来労働は楽しいもので、人を死なせてしまうようなものではない。
「生きることが一番の労働である」とも言えるかもしれない。

傍を楽にするとはどういうことなのか、もっと考えたいなと思いつつ、
いったん、筆を置くこととする。