エモと考察の狭間で。

エモと考察、バリキャリとゆるキャリ、厭世観と幸福論、事なかれ主義と突発的行動主義。ゆらぎのなかを揺蕩う、某ベンチャーマーケターの手記。

2016-05-01から1ヶ月間の記事一覧

私はブルーワーカーになりたい

意味付けは意味付けでしかないと言いながら、結局意味付けをし続けてしまうので。 これ、問題は意味付けをすることに意味がないことじゃなくて、(実際、私は意味付けでも意味があるならいいじゃんって思う)意味付けに終始して何もしていないことなんだろう…

ここで/数多ある場所で言語化される言葉たちはうそだらけなのかもしれない(少なくとも真実ではない)と思った話

言葉にすることで、きれいに整理することはできるかもしれない。でもそれは真実を反映していないかもしれない。 言葉にすることで、言葉としてここに残すことはできるかもしれない。でも言葉に縛られて、自分の認識や感性が濁って/歪んでしまうかもしれない…

否定されることは怖いけど、それでも、これからも、他人との人間関係を、相互理解を、共感を、内包を、合一化を、求めてしまうんだろうな、という予感について。

初めての失恋ついでに、恥ずかしいポエムでも残しておくことにする。 「こんなことになるくらいなら、付き合わなければよかったのかも。」 異性とかラべリングとかにはこだわりがなく人としての交わりを大事にしたい私と、恋愛という契約を特別なものと捉え…

「代替不可能性」なんてものはこの世に存在しないという事実について。(そしてその事実とどう向き合うかについて。)

人生を共にする人に求める要件も、それを満たす人の代替不可能性も、本来的には「先に存在する」ということはなくて、とすると、(メタ的にとらえるのであれば、)本当は何でも/誰でもいいんだろうなと、ふと、思っている、というお話です。 ・・・もちろん…