エモと考察の狭間で。

エモと考察、バリキャリとゆるキャリ、厭世観と幸福論、事なかれ主義と突発的行動主義。ゆらぎのなかを揺蕩う、某ベンチャーマーケターの手記。

突然、パンが食べられなくなった

 

唐突だが、私をご存じの方はよく知っていると思うが、私はパン屋が大好きだ。
街に行くときは、食べログを検索し、順番にパン屋を巡る。
可能であればパン屋の店主と話し、雰囲気を堪能する。
パンを爆買いし、ひとつひとつのパンの評価をつける。

これが私の数少ない趣味・・・と言えるものの1つだった。 

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いや、好きだった、という表現が正確かもしれない。

 

異変が起きたのは4月ごろ。
最近パン屋に足が向かないなあ、と変に思っていた。

 

そして、待ちに待ったGW。街歩きすなわちパン屋巡りの捗る時期だ。

5月の初週、実家近くに新しいパン屋を見つけた。
とても可愛いパン屋だ。

・・・なのに。

パン屋を目の前にしても、入りたいと思えない。
いざパン屋に入っても、買いたいものがない。
入ってしまったからには、と買ってみるも、食べる気がおこらない。
仕方なしに口に運ぶも、今まで感じていたような、
心の奥底から沸き起こるような喜びは一切感じられない。

 

・・・どうしてしまったんだろう、私は。

少し前に「食物アレルギー」「グルテンフリー」についてよく調べたことがあった。
ジョコビッチなんかが本を書いていたアレだ。

ジョコビッチの生まれ変わる食事

なんでも、小麦(グルテン)と身体との相性が悪い人間が一定存在するらしい。
確かに、1日にパンを何個も食べた日には、少しお腹が痛むことはあった。

いやでも、多分、そういうものとは関係なく、
ぱたり、とパンが食べられなくなってしまったのだ。

 

・・・思い返せば昨日、久々に風呂上がりにアサヒスーパードライを飲んだが、
今まで感じていたような、心まで潤すような喜びがなくなっていた。

 

突然、何かが変わってしまったようだ。
麦が駄目なのか?

 

パン屋巡りを趣味の一環としていた。
これは街歩きと並んで私のライフワークになると思っていた。

ビールについても、好きでよく飲み比べをしていたし、
ビールフリークの集うビール女子会なるものの門をたたき、
ビールへの熱い思いを文字にし、見事抽選に当選したのは先週の話だ。
9月のビール検定も受けるつもりだった。

夢であって欲しい。夢じゃなくて何なのか。

 

・・・でも、それ以上に、
今まで大好きだったものが突然自分にとって心地よいものではなくなる、
という感覚に、喪失感以上に、ある種の恐怖を感じた。

自分が拠り所にしていたものが、失われていくなんて、思ってもいなかった。
まして、相手が選ぶのでないと思っていた食べ物で。

自分の自発性や意思によっていかようにもなるから、
食べ物が好きだったのだろう。

そういうわけで、これからどうすればいいのか、路頭に迷っている。
失ったのかもしれないものをどう穴埋めするか考えるのは、
まだまだ喪失感が大きくて難しい。
少しずつ、自分の欲や意思と向き合うことにしよう。

 

因みに。

 

同日、実家で学生時代から頑なに米を拒んでいた私が、
無意識に「おにぎり食べたい」と言って母を予想外に喜ばせる、
という出来事があった。

これはすなわち「パン派から米派への移行」といった、
ありふれた嗜好の変化なのだろうか。
年による味覚の変化には枚挙に暇がないと言うが、それなのだろうか。

 

追記

matome.naver.jp

これは近いかもしれない。
1日3つくらいの勢いでパンを食べていたから、
一生分食べ尽くしてしまったのかもしれない・・・

他の好きな食べ物についても、
こうならないように気をつけよう。

 

さらに追記

今までと少しテイストの違うブログに挑戦してみました。
この後の記事に書きますが、色々試してみようと思います。