コスプレでコンサルやってますけど

社内でポエマーと揶揄されるけど、コンサルタントをやっています。社会人4年目くろえの脳内あれこれ。

【目標設定パート2】2017年やらないことを設定したら心が軽くなった

1月後半になってやっと記事更新(遅い)

こんにちは。明日からお仕事なので、ちょっと早起き。

 

やらないこと、持ち越すことを決めてみた

 

今回目標設定するにあたって、
「やらないこと」「持ち越すこと」も決めてみました。

現段階での意思や優先順位ををよりクリアにできるかなと思い。

(決めること、というよりは思考の棚卸し程度ですが・・・)

 

※やってみたら、特に「やらないこと」は難しくて、
(言語化されている以上気になっていることではあるので)
やっていないかを点検する必要はあるように感じました。

 

実際に「持ち越すこと」を書いてみた

 

というわけで書いてみました。

来年以降に持ち越すことの中にも濃淡を付けてみた。以下、ご参考までに。

 

来年以降に持ち越すこと(いずれは取り組みたいが現段階での必然性が低いので後回しにするもの)

■来年やる

  • 投資、運用
    ※今年は定期預金くらいにしておく

  • 語学(英語)
    ※業務等で必要になってからでいいかな。話すの自体は嫌いではないので機会はちょいちょいあるといいが・・・

  • 料理
    ※必要になったら。手の込んだものを作ることに時間をかけるのはバレンタインくらいだろうな笑

  • パンシェルジュ検定
    ※今年は日程が合わなかったため

  • 登山
    ※今年は体幹など基礎をつける年なので、やりたかったけど見送り

 

■いつかやりたい

  • 子育て妄想
    ※相手もいないうちにやっても不毛だしそもそも子どもを生む可能性が低まってきているので

  • 絵本収集
    ※元々絵本は大好きだけど、子供できてからのほうがちゃんとできそうなため。絵本の世界は深そうだし大人向けであってもいい。描けると一番いいよね(妄想)

  • Kindleデビュー
    ※電子媒体での読書に強いメリットを感じていないので

  • 落語
    ※落語心中読んでから落語見るとかなるとそれなりに時間がかかるため。ただし、アニメは一話見てギャン泣きしたので辛いときに見る。

  • ラジオ体操とインストラクター資格
    ※これは興が乗ったら。教員業界に行ったらかな

  • 漫画読む
    ※漫画読むとはまっちゃうし、今は活字のほうが好きだから

  • パン作り
    ※今は買うほうが好きなのと、パン作りは他人と住んでないと作りすぎたときに自分で消化しなきゃいけなくてきついので

  • チーズ検定
    ※今年ビア検定受けてからチーズを学ぶ順番がいいかなという勝手な思い込み

 

■やらないかもしれないので先送り

  • 外貨の絡む金銭的取引
    ※世界がどうなるかわからないので、投資系は今年は始めない。どうしてもやるなら国債くらいにしておく

  • 海外旅行
    ※一緒に行きたい人が出来たら可能性はあるけど、現状満足により海外行きたい欲は一定満たされたのと、海外の魑魅魍魎感に対する感受性をコントロールしないと疲れるため

  • 保険に入る
    ※これも色々検討したが、遺すべき人が出来てからのほうが良いと判断。医療保険もなんだかんだ加入できないのだろうなと思う

 

ついでにやらないことも決めた

 

やらないこと、と置いてしまえば、
余計なことを考えなくて済むので楽かなと思ったので。

(未練は少し残るかもしれないけど、
決めた、という事実だけは大事にしたいなと)

 

■現段階ではやらないと決めたこと

  • 自己肯定感のデフレ
    ※最近どうでもよくなっていたけど、自己卑下モードに入ったところで現状は好転しないので金輪際極力やりたくない

  • 中長期を見据えた人生設計
    ※今は不確定要素多過ぎて考えてもしょうがないし、そもそも大きく人生を展開させるのは自発的にできない人間なので

  • 周りの人間からの比較
    ※2016年の教訓。比較してマウンティングしてくる人とは交わらない。自分からの比較軸の発見とメタ化により、劣等感を醸成させないよう工夫する

  • お酒を控える
    ※まだ控えなくても大丈夫な年齢だと自覚しているのと、馬鹿な飲み方はもうしない(というか出来ないだけだけど笑)と自覚しているので

  • 好きでない人とのお酒
    ※お酒を飲むと一定身体にダメージがあるので、意味のない(特定の相手と親密になりたいという欲求が伴わない)飲酒はしない

  • 異動、転職
    ※余計な思考。ライフステージが変わったら検討

  • 水回りの掃除
    ※今は妹子が担当してくれるため

  • 引っ越し
    ※今年は妹子最後(かもしれない)の年と認識することにするため。引っ越しは最速で来年の初頭に行う予定だが、結婚願望の減退とルームメイト(妹子)と住みたい欲求の高まりにより、どうなるか未定

  • ボードゲーム、謎解き、人狼
    ※よく誘われるけど、ルールの複雑性から忌避しがちだし出来るようになりたいともあまり思わない

 

(なんかこうやって見ると「将来誰かが何かを推進させてくれる」論の信者だな、白馬の王子様理論てやつですね)

 

・・・という感じです。

 

感想

 

こんな感じのことを考えると、より腹が決まった感じがするのでおすすめです。

日々漫然とではなく、意味合いを考えながら生きようと思えます。

 

ついでにSMARTの法則についても書いておく

 

やらないこと、持ち越すこと以外で言うと、他にも以下のようなことを樹にしていたのでメモ程度に。

目標ってどんなのだといいんだろうと思ったら、ここに書いてあったので、意識してみました。

 

  • Specific 具体的!
  • Measurable 測定可能!
  • Actionable 実現可能!
  • Relevant 価値観に相違がない!
  • Timely タイムリー!

 

※タイムリーで1年スパンってどういうことやねん・・・とは思ったけど

 

---

 

意識高い系の投稿は新年で終了します。(これを人はユー●ャン病と呼ぶ)

今年はもうちょいブログ書こうと思うので、
どうぞよろしくお願いいたします~

それではあでぃおす!

【目標設定パート1】2017年の目標をマンダラチャートで書いてみた

まずは新年のご挨拶をば

 

読んでくださっている皆さまへ

あけましておめでとうございます。

遅いですね、すいません笑。

 

ブログ業界は(年始ですしね)活況の今日このごろだと思いますが、
いかがお過ごしでしょうか。

 

今年も懲りずに現れたぞ!くろえです。

(あと、見た目ちょいちょい変えました。デザインをゆるふわ仕様にしたよ!)

 

さて、2017年の目標はいずれFBから転載するとして、
年始に暇だった私は2017年の目標設定を目一杯行うことにしました。

ので、そちらの取り組みをレポートするなど。

 

はじめに ~マンダラチャートとは

 

今回使った手法はマンダラチャート。

 

ferret-plus.com

 

「マンダラチャート」というネーミングは、仏教で使われる「曼荼羅」が由来となっています。
曼荼羅」とは、仏教の聖域、仏の悟りの境地、世界観などを仏像、シンボル、文字、神々などを用いて視覚的・象徴的に表した絵画を指します。

とのこと。

やりたいことはいっぱいあるけど、なんかカオスだったので、
着想を得る、自分の思考ややりたいことを整理するためには
優良なツールかなと思い、利用してみることに。

 

やってみた

 

私は以下のようなやり方で作ってみました。

 

①まずはメモにやりたいことをばーっと書いて、簡単に整理。

(この段階ではまだタイトルとかはついていない)

 

②紙を9つのマスに区切って、8つの周辺のマスに関連項目を入れていく。

(私はこの段階でテーマを区切りました)

 

③最後に(記事では最初に書いてあるし、最初の人もいるかもしれませんね)コアとなる概念を真ん中に記載。

(私はまだここがあまり出来ていない、やるのがむずかしい、未完です・・・)

 

というだけのシンプルなもの。

---

でもこれが結構難しくて!

特にどういうカテゴライズにするか、というところ。
8つしか出せないし、レイヤー揃えるのとか不可能だし、
何より正解がなく、しっくりくるかどうかの勝負なので、
けっこう大変な作業かもです。

 

やってみた結果

 

私の場合、以下のような感じになりました。

□コアテーマ

「柔」

(現段階でのシートには、「人格」というパートをそのまま中に入れました。
ううん、抽象化、苦手なんだよう・・・)

 

□8つのテーマ

・仕事
・自己表現
・人間関係
・趣味
・住環境
・健康(運動)
・健康(食事)
・お金

 

で、以下のような感じ。ちょっとはずいが公開。

 

f:id:cloalien:20170110053334j:plain

 

ここからやることの精査(という名の怠惰?笑)や見直しを
しなきゃいけないわけですが、一旦欲望垂れ流し。

(真ん中は無理だったのでまた修正します・・・)

 

結論

 

やってみて、朧気に1つのコンセプトのもとにまとまったような気がしています。
というわけで、自分としては結構満足。

 

マンダラチャートは、以下の様な場合におすすめかもです。

 

・年間目標を決めるなど、細かいたくさんのことを詰めて整理したいとき
・結局何なんだろう?というコアにあるものを考えたいとき
・茫漠としたテーマを扱うとき
・自分でもうまく整理できていないとき

 

枠組みや思考整理法はあくまで手段にすぎないけど、
それによってQOLの上昇が期待できるかなと思うと、
今後は積極的に使っていきたいですね。

 

おわりに

 

弊社は今日が仕事始めです!
それまでに1回はブログ更新しようと思っていたので、
ほんと、依然として締め切りぎりぎりの人生です笑。

 

それでは今年も頑張りましょう(・ω・)

 

次回予告

 

次回は目標設定でやってよかったことについて続きを書きます~

 

今年は更新増やしたい!1月病に終わらないことを祈る!

以上、くろえでした。会社いこ。

【書評・高評価】「愛しのパン」を読んで

こんにちは。
久しぶりに怒涛の徹夜週間が終了し、
休日を全力で過ごしているくろえです。

最近読んだ本でとてもいい本があったので、覚書です。

 

「愛しのパン」という本。

www.amazon.co.jp

 

読了後の幸せ度:★★★★★

読了後の思考活発度:★★★★☆
文学度:★☆☆☆☆
満足度:★★★★★

 

最近通いつめてる洗足図書館でふと目について借りた本。
文字通り、パンに対する愛おしさが詰まっている本でした。

 

私もパン屋めぐりが趣味で、毎週末3~5軒のパン屋に行くけれど、
この本には、たくさんあるパンの種類を整理して、ひとつひとつを
愛を持って紹介していることが非常によくわかりました。

因みにパンだけではなく、この本の中では
バルミューダを使ったおいしいトーストの仕方や、
具体的なおいしいパン屋情報まで記載されていてびっくり。

パン好きの私理解をしたいという殊勝な方だけでなく、
普段何気なく食べているパンの奥深さを知りたいあなたに
特におすすめします。

 

---

 

さて私のパン好きについて、もう少しだけお話を。

 

私はパンが大好きなのだけど、何故好きかと問われると、
「パン屋さんの人が優しくて、あったかい」から。

 

パン屋さんは御存知の通り、酵母イースト菌を扱う仕事。
湿度や温度など、人間にはコントロールの難しい要素によって
生地の変化などは容易に変わってしまう。

その完全性の欠如、壊れやすさを受け入れつつ、
付き合って、美味しくしていく、という丁寧な作業のなかには
優しくおおらかな人間性が詰まっているような気がするのです。

 

蒲田のぐるぐるべーぐるのぐるぐるママとか、
https://tabelog.com/tokyo/A1315/A131503/13054991/
洗足のワルン・ロティのお母さんとか、
https://tabelog.com/tokyo/A1317/A131711/13048508/
大岡山のショーマッカーのお姉さんとか、
https://tabelog.com/tokyo/A1317/A131711/13045113/

 

やっぱりパン屋さんには、やさしいオーラを纏っている人が多いと思います。
お話をしていても、その話の端々ににじみ出る愛情や
人間性、その優しさに、思わずうっとりしてしまうような感覚を持ちます。

 

一つ一つのパンに、(たとえ冷えていたとしても)
どこかぬくもりのようなものを感じるのは、
ひとえに「作り手の人間性や優しい気持ち」
がこもっているからなのでは、と思ったりします。

 

世間的にはグルテンフリーや炭水化物抜きダイエットの流行があり、
パン業界にとっては向かい風といえる風潮があるかもしれません。

それでも私は、自分の大好きなパンを食べ続けたいし、
パンを買う、お店の人と話す、食べて想像を膨らますことで
人生が豊かになると考えています。

また、パンを購入し、食べるという一連の行為は、
私にとっては、「人の温かさに触れる」行為そのものであり、
「愛」や「好き」という概念が詰まった行為だと考えます。

 

パンで人生を豊かにしたいすべての人に、
この本をおすすめします。

【ゆず】ゆずのみライブ@東京ドーム(11月27日)セトリと感想

【概要】

2016年11月27日「ゆずのみ」@東京ドーム

行ってまいりました、アリーナ席岩沢側!!!(念願)
とりあえずセトリと一言感想だけ・・・

 

【感想】

今まで、もう10回以上ゆずのライブには行ってます。
今回は、自分の中での変化がいくつかあったので、それを置いていきますね。

・ライブの3時間を全力で駆け抜ける体力がなくなった
・家でテレビを見なくなったせいかお笑い要素に耐えられなくなった
・はじめてゆずのライブに本格的に不満を持った(ロイヤリティの低下)
・ラブソングを聞いても、誰を想定して聞けばいいのかわからなくなった

もうそろそろ、ライブに行くのは潮時なのかしら・・・

 とか言いつつ、きっとなんだかんだで行き続けてしまうのだけど。

それは、ゆずのためではなく、定期的に自分と向き合うため、なのかもね。

まあもちろん、岩沢様が好き、っちゅうのは根底にあるとしても。

 

【セトリ】

1.春一番
2.ドームボンバイ
3.いこう
4.待ちぼうけ
★昨日は街灯だったとのこと。いいなあ街灯。待ちぼうけも好きだけど。
5.
★これは神選曲。昨日は大バカモノだったようだけど、これは大正解。
6.贈る詩
★たまるお誕生日おめでとう。
7.春風
★ここが土曜日はくず星だったらしい、いいのう・・・でも春風も好き。今まで好きだった相手に届けたくなった
8.連呼
★この流れは神
9.3番線
★中途半端に生きて行くって言った奴がコネをこねくりまわして これでも・・・(歌詞は一応電柱マンらしいですが)すれすれのことするなあと思いました。「ああ、素晴らしいこの世の果てに 場違いならそれはそれってことで」というくだりが本当に好き!

10.GoーGoーサウナ
★タオル~~~~~~~~~~~~腕が痛いよ~~~~~~~~~~
11.飛べない鳥
★感極まって泣いてしまった・・・これはずるや・・・
12.心のままに
★この流れは神

~ここから各々のソロパート~

13.おっちゃんの唄
★岩沢ソロパート。きれいすぎて死ぬかと思った
14.ねぇ

~ソロパート終了~

15.栄光の架橋
16.
★前回は虹とかにぐっときてたんだけど、今回は迫ってくるものがなく、何が変わったんだろうなと思ったり。
17.友達の唄
18.OLA!
★リズムを取りにくい・・・むずい
19.LOVE&peach
★踊れる系はいちごかこれがよかったので満足
20.少年
★回ってる!ゆうちぇるは可愛い。
21.夏色

★それそれそれそれ~~~

~岡柳さんとめちゃイケメンバーの登場~
★バラエティ苦手なのでここで興ざめ。冗長。これで30分って・・・
プロとしてどうなんだろう、ライブでお金とってるんだよね?と混乱。
私はゆずを見に来たのであって、お笑いを見に来たんじゃない。
(栄光の架け橋2度目もやや興ざめ感。。。)

22.嗚呼、青春の日々
23.
24.サヨナラバス
★歌ってほしかったのにお客さんに歌わせてた。でもでも、やっぱりこれは聞きたかったなあ・・・「やっぱりキミが好きなんだ」の「好き」の二文字が耳に心地よすぎる曲。
25.雨のち晴レルヤ
★いい曲。どんな君でも愛している。でも。個人的には。想定する相手がいないことの寂しさのほうが大きかったなあ。
26.てっぺん
★神選曲。最後に持ってかれた。やはりゆずはこの方向性がいいなと。

~退場~
★岩沢神近すぎ死んだ 

また書きますが、一旦これで。

今回は色々と後味が微妙だったけど、やはりこの時間を過ごせてよかったと思いました。懐古厨でも安心のセトリだったことも一要因かな。

そしてライブが終わったので会社でお仕事なう。明日のMTG準備せねば。

それではちゃお!

 

追記

巷での反応はこんな感じらしい。

やはり、優しい世界なんだなあ。

あと、めちゃイケってこんなに市民権を得ているのね。おばさん知らなかった。

music.jocee.jp

 

さらなる追記

その後特集記事も組まれていた。

わたしはいいライブに参加していたんだなあ、ということを今更感じる。

そしてライブレポが私のそれよりはるかに充実していて文章力に嫉妬。

 

【ゆずライブレポート】彼らが“国民的”な理由とは? 共存するアーティスト性と大衆性 ORICON STYLE

www.oricon.co.jp

 

年上女性(60代以上)の美しさについての一考察

やっほう休日出勤上等!くろえです(代休はNO)。

 

ここ最近、
プロジェクト関係で50代から70代くらいの女性と
たくさんお話しております。

(90分たっぷり体調のはなししてる!)

今日もおばあちゃんとたくさんお話してきたので、
小噺というか、思ったことを。

 

●女性の美しい年のとり方についての一考察

 

最近「マウンティング女子の実態」とか
「東京カレンダー」とか読んでいて思うけど、
やはり一言で言うとパワプロ系女子は見たくないなと。

自己意識を拗らせて、でも自分によるべき指標がないと
他人と比較することしかなくなって、ますます醜くなる。

 

最近いわゆる高齢者の方の調査をしていると、

しなやかに、自己主張を激しくすることなく、
自分の体の声に耳を傾けて、静かに、穏やかに、
でも自分の大事にしたいものを大事にしている、
そういう女性が多いような気がしています。

社会では「うるさいおばちゃん」や「聞き分けの悪いババア」
などが取り沙汰されることが一定多い気もするけど、
そうでない人のほうがきっと圧倒的多数で。

正直、50代くらいまでの人であれば、
周りより健康である、美しくある自分、という自意識を肥大化させて
そういうもので生きている人もたくさんいると思うのだけど。

もしかしたら、身体機能の衰えや、
抗えない自分よりも大きなものに対峙することで、
より友人同士で団結し、相互に想い合うようになるのかもなと。

丸くなっていく、と形容されるのかもしれないけど、
そういう問題ではないのかもしれない。

身近な人が死んでしまったり、
自分もどんどん衰えていく中で、
どうやって自嘲的にならず、自分を強くできるのか。

自分がどんな状況になったとしても、
自分の中に判断尺度を持って、
いざというときには周りの力を借りて、
弱いけど強い自分を信じて生きるしかないなと思いました。

 

---

 

そしてそうなったときに、
「自分が健康で有り続けること」は
ほんとうに大事なんだろうなと思いました。


自戒としては、こんなにみんな健康に気をつけるのであれば、
若いうちからきちんと準備しておかねばいけないんだろうなあ。

不摂生で自分の体を痛めつけている自覚はあるんだけど、
ちゃんと生きなくちゃって反省しております。。。
(もろもろのガタをドーピングで補強しているイメージ)

 

---

 

なんにせよ、自分の世代と違う人とお話していると、
たくさんの発見があって面白いです。

そしてそういう人に面白かったとか言ってもらえるのは、
この仕事冥利に尽きるなと(本筋ではないのだけど)。

 

(自分はそこに根を張っているような自覚はあるものの)
パワプロ的世界観は美しくないというのと、
あまり頑張れないパーソナリティなのと、
バリキャリの世界に疲れてしまったので、
近日中にこの仕事やめる前提でいろいろ動いてるんだけど、

やっぱり調査とそこからの発見点についてうにゃうにゃ考えるのは
楽しすぎて、なかなか辞めるって言い出しづらい・・・

 

はい、仕事します。ちゃお。
(今日休日なのに会社に人がそこそこいっぱいいてどうなんだろう)
(というブーメラン。)

 

もういないあなたへの手紙(今年の初めごろの文章です)

おはようじょ。くろえです。

11月になり、ますます寒さが身にしみる昨今ですね。いかが過ごしでしょうか。

さて、更新しようと思っていたブログの記事(過労死の続き)が吹っ飛んでいて執筆意欲を大幅に削がれたので、さっき見つけた、今年の初頭に書いたブログの下書き(鍵付きってことは非公開にしていたのかな?)を謎に晒します。

私にしては短く、すっきりまとめており、すごいな過去の私、とも思ったり。

まあこれ、半分くらい創作(フィクション)なんだけど、こういう気持ちだったんだろうね。今はすっかり懐かしく、そして微笑ましくも思います。

 

---

 

こんにちは。

今頃あなたはどこかで誰かと幸せに暮らしていると思います。

でも、その事実だけで十分です。

あなたと一緒だったらどこまででも行ける、そんな夢を持っていた時期もありました。
私とあなただけの世界でも、きっと何か新しい概念、事象、ふたりだけのもの、が生み出せると信じていました。

優しい言葉を、言葉のままに信じたいと思っていました。私のことばも、あなたのことばも。

届かない、叶わない、とわかっていたけど、やっぱりそうなんだ、と思った時には少しだけ傷ついたふりをしました。

そのときは、人生の春が終わってしまったような感じがしました。今だってそうかもしれません。

それでも生きて行かなきゃいけないらしい。

 

もっといい明日がある期待を捨てられない。生きているからには、捨ててはいけない。

だから、ちょっとだけ忘れて、すごく引きずって、でも、これからも生きていこうと思います。

 

とっても優しくて、とっても温かくて、とっても幸せな時間があったのは、真実だと思います。

さようなら、ありがとう。

【電通事件に寄せて】激務と言われる業界でできるだけ幸せに働く方法とは(追記あり)【その1】

こんにちは。お久しぶりです、くろえです。

 

人の生死を議論するのはとても難しいことで、
こと、私はあまりそういうことを言える立場ではないのだけど、

この話は弊社(およびコンサルティング業界など)では
議論不可避なのではと思ったので、あえて取り上げることにする。

 

---

 

いわゆる「激務」と言われる代理店やコンサル畑で働く我々にとって、
今回の電通過労死事件は他人事とは到底思えないわけで。

事実、私自身も、私の1,2年目(暗黒の新人時代)は
無駄徹夜のち、1日50回くらい死にたいと思ってたし、
実際に飛び込もうと思ったこともあった気もするし、
Twitter(鍵垢です)に
「今日も帰れない」
「(終電で出社して)これ会社に行く時間じゃないな」
「帰社なのか出社なのかわからん」
「今日は何曜日なのか」
「朝帰り乙」
みたいな呪詛を吐いていたような記憶があったりする。
実際、(仕事だけではないと思うが)ストレスから過食症にもなったし、
耐えられなくなって、勤務中に駆け込むように心療内科にも行った。

 

・・・という事実を踏まえて、今回言いたいのは
「徹夜は誰でも新人なら通る道!」的な
パワプロ理論(一定真なりな気もするけど)でも、

パワハラやセクハラが横行する労働環境が悪い!」
と言いたいわけでもない。

 

私が言いたいのは以下の3つ。

  1. (前提として)労働時間が長くなるのは業界構造上仕方ないのでどうしようもない(少なくとも今の私にはどうしようもない)し、働き方に「正解」があるわけではない
    (また、業界的に競争や劣等感といった感情は不可避なのかもしれないし、しょうがない面もある(物量が多い、とか、スキルがないうちは時間がかかる)ので一概に長時間労働を否定するのは筋が悪いとも思う)

  2. でも労働時間が長くなると無条件に病む(無自覚的に、というのも含め)
    (これは業界関係なく事実。労働効率も落ちるし、長時間労働は価値が低いし、長時間労働は確実に精神を蝕む)

  3. 信頼できる人と働く(もしくは味方を一人でもいいから持つ)ことが大事
    (責任の重さ、タスクの多さ、長時間労働などにより、病んでしまいそうになることはままある。そのときに信頼できる、狭窄視野に陥った状態から逃がしてくれる、中長期的に見守ってくれる他人=パワプロ理論以外のロジックをもつと信頼させてくれるような他者の存在が必要で、そういう人が社内にいるとよりよい)

 

上記3つに沿って話を展開していくこととする。

 

 

1.(前提として)労働時間が長くなるのは業界構造上仕方ないのでどうしようもない(少なくとも今の私にはどうしようもない)し、働き方に「正解」があるわけではない

弊社も含め、代理店やコンサルティング業界は
常にお客さん相手に仕事をしているお仕事。

何より大事なのは相手に満足してもらうこと、
お金を出すに値したと思われること、
だというのは大前提だと思う。

なので、(特に弊社やこの業界で言われている)
「価値にこだわる」「バリューを出す」という姿勢は
すごく大事、というか、絶対条件だと言える。

うちの会社の惚気をするつもりはないが、
職人気質のいい仕事をする大人がたくさんいるように思う。
そして、「いい仕事をしたい」と思っていて、
そこにこだわらせてくれる環境があること、
そういう人が働いている職場に要られることは、
恵まれているのかもしれない、とも思う。

(フォーカスポイントが間違っている気もしないでもないし、
無尽蔵に体力がある、要領で物量をさばいているなど、
自分には真似出来ないなと思うことはあるけど)


ただそれは諸刃の剣?でもあって、否定的に言えば
「時間にこだわるんじゃなくて価値にこだわれよ」
という論理にも用意に転び得る(=パワプロ理論の横行)。

「時間は関係ない、バリューフォーカスだ」
「時間がかかるのは自己責任。お前の能力のなさゆえだ」
こういうロジックも容易に成立し得る(もしくはそう認識するのは容易)。

そして未だに、このロジック自体を否定できるようなものを
私は十分に持てていないとも思う。ごもっともすぎる。

社会に出る、とか、責任を全うする、なんて、
本当に生半可なことではないんだなということを感じる。

特にこだわりがない、抜け漏れありまくり、ADHD気質の私からすると
きちんと相手にコミットし、責任を持ってデリバリーする、というのは、
正直かなりきつい。あまちゃんとは言え、向いてないなとつくづく思う。
(外交力とかで乗り切る、という手法を今は取っているわけだが・・・)

繰り返しにはなるが、我々のような仕事、つまり
クライアントからの発注ありきの仕事では特に、
「価値」(しかもそれは必ずしも形で定義できない)
を出さないと存在意義がないと言われてもしょうがない
というのは厳然たる事実だ。

それを踏まえた上で大事なのは、
「(そもそもの価値を定義することや、
周りを巻き込む、助けてもらうということも含めて)
自分にできる範囲で相手に求められている価値を出す」
ということ。
これが、職業人として求められていると感じる。

そのなかでいかに生きるか。

相手に求められている価値を出すまでやるのは
(仕事としては)前提なのだが、
結局のところ、仕事をきちんと完遂することも、
精神的限界を察知して逃げるのも、

すべて自己責任なのだ、というのが、一職業人としての態度なのではないか。

因みに、今の私は、

・前からやろうとする、物量に圧倒される、結果何も出来ない、コミットしない、いざとなると逃げようとする、同僚と比較する、言い訳ばかりの新人時代

から、

・前からやっているときには誰か別の人に助言を得る、物量を減らす、人の力を借りまくる、期限ギリギリにやる気を出す、なんとかギリギリのクオリティのものを持っていき、あとはトークと事後修正でどうにかする、お客さんだけを見ていれば社内は一定どうでもいいという優先度付けに変更

という自己流スタイルに変化した。

(なお、このスタイルをすすめているわけでは決してない)

(しかし、自分の特性やモチベーションの端緒を理解し、
なんとか存在できるぎりぎりのところで踏みとどまっている、
という表現が正しいように思う)

 

2. 労働時間が長くなると無条件に病む

(こと仕事の中で)精神的に病むのには様々な原因があるとは思うが、
「連続して長時間労働する」ことは少なからず精神に悪影響を及ぼすのは自明だ。

(この辺は激務と呼ばれる業界に身をおいている人であれば
皆さん身に覚えがあるのではないでしょうか)

特に若いうちは、身体的疲労がクリティカルなものになる前に
心が疲れていくものだと思う。

「そもそも私はいったい何をしているんだろう」
「仕事に、会社に、社会に、殺されるかもしれない」
「今飛び込んでしまえば、会社に行かなくて済む」
「どうやって起き上がればいいのかわからない」

といった状態。実際、一定以上働くとこういう感じになる。

もちろん、人によるのかもしれないし、無自覚な場合もあるわけだが・・・
(そしてまたそれが武勇伝化するっていうのもあるあるですね)

長時間労働は、必要ではあるとは言え、(短期的にも、中長期的にも)
精神を(中長期的には身体もなんだけど)蝕んでいくのは厳然たる事実

(仕事だから、というわけではなく、何か一つのことに集中した状態で
何時間も続けることは、極度の疲労につながる、ということを言っています)

 

3. 信頼できる人と働く(もしくは味方を一人でもいいから持つ)ことが大事

上記のような業界構造、また人間のカラダの構造からして、
やみやすい環境に置かれているのは言うまでもない。

責任の重さ、タスクの多さ、長時間労働などにより、
病んでしまいそうになることはままあるといえるだろう。

 

では、どうすれば死なずに幸せに働けるのか。


ここで私が言いたいのは、
「信頼できる人が見守ってくれているか否か」が鍵を握るのではないか
ということだ。

心が病んでしまっているとき、自分の目線は
「責任を果たせないかもしれない自分への失望」や、
「能力の低い自分への自己嫌悪」に向いていることが多い。

こんな状態になっていたら、正常な判断はできない。
一旦休んで(もしくは気持ちを切り替えて)リセットし、
自分をもう一度客観的に見られる機会や時間が必要だろう。
しかし、そのことにすら、自分だけでは気づくのは難しい。

そんなときには、結局のところ、周りの人に助けてもらうしかない。

社内、社外は問わないが(様子が見えるという意味では社内のほうが望ましい)
・中長期的に見守って変化を察知してくれる
・狭窄視野に陥った状態から逃がしてくれる
・評価以外の観点で関わっている
人が必要なのではないか。

仕事、仕事のなかでは、容易にパワプロ理論がまかり通る。
価値を出せないやつは存在意義がないと罵倒されることは
ある種理にかなっているとも言える。
(マネジメント観点では間違っていることが多いわけだが)

そんななかで、それ以外の観点があるんだよ、ということを
言ってくれる、かつ信頼できる他者の存在が必要だとつくづく感じる。

・・・結局のところ、自分を見てくれている味方がいる
というところが肝なのではないかと思う。

(そしてそれは価値を出す、アウトプットへの信頼ではなく、
人としての信頼であり、それらは圧倒的に異なる)

会社での仕事というのは、
1人でやるものなのではなく、仲間がいてやるものだ、ということである。

 

逆説的、というか、意外な感じもするが、
こと弊業界のような成果主義の業界ではなおのこと。

(特に責任感の強い人、自己確信のある人、特定の価値判断軸で勝負している人は、
自分の弱さを認識するセンサーが鈍いとも言える。)

 

「今あなたは精神的に追い込まれているんだよ」
「つらいのは事実、つらがっているという事実から目を背けちゃ駄目」
「自分に限界が来ているなら、逃げても大丈夫。
それを社会(とまではいかなくても、少なくとも誰か)は受け入れてくれる」
ということを言ってくれる人がいるかどうか。

「時間(≒経験)でしか解決できないよ」
「死ぬまで働け、死なないから」
「俺はもっと苦労した」
「俺も産業医につれてかれたわ(笑)」
「お前の同期はもっと苦労して働いている」
「お前はなぜ倒れてしまうのか」

と言い切る人しか周りにいなかったら、
私もまた、死ぬしかなかったと思っているわけで(なお上記発言はすべて実話)。

 

※ただ、言っておきたいのは、上記の発言や
今回の問題で言うところのパワハラモラハラ、人格否定は
やっている側に必ずしも悪意があるわけではなく、
会社の作り出している文化の問題だと思う。

だからこそ入る会社は選ばないといけないし、
入社前の段階で「信頼できる社員」を一人でも
見つけておくことは、すごく大事だとも思う。

それが出来なそうだったので大企業に行かなかったのは
かつての自分の選択を褒めたいとも思っている笑。

 

・・・と、ここまで連々と述べてきたが、
自分も別に一人前に価値を出せているわけではないので、
あまちゃんの戯言でしかないとは思う。

ただ、そんなあまちゃんでも、抹殺されることなく幸せに働くには、
自分の身の程をわきまえた上で、
常に冷静に自分にできることを考え、
不幸や過酷さに耽溺するのではなく、
出来ることを淡々とやることのみである、
ということなのではないだろうか。

 

(とはいえ、会社という観点で言うと、
社会に出たばかりのあまちゃんに対して、
社会に出る難しさやお金をいただく難しさは
それでも学んでもらわないと困ることでもあり、
そのギャップは人を容易に混乱させると思うので、
マネジメントって本当に難しいよな・・・)

 

ここで、私の転機について、自己満足的に話を。

 

深夜のMTGからの朝帰りを繰り返した後、一度倒れた。
そして、褒められるでもなく、ささくれ、病み、周りに迷惑をかけ、
部署の偉い人からも苦言を呈されるような状況に。

自分はこのままだとやばい、ということを実感。

しかし、私はもうどうすればいいのかわからなかった。
自分を攻撃することで現実から目を背けることしかできなかった。

「焦ってもしょうがないこと」
「同期と争ってもしょうがないこと」
(勝ち目がないばかりかその目線に立つと幸せにはなれない)
「もっと大事にすべきことがあること」
パワプロ勢からは言い訳乙って言われそうだけど)
を会社の先輩に諭され、しぶしぶ目の前のことに取り組んでみた。

地道ではあるが、少しずつ気づいたのは、

自分にできる範囲のことを宣言して遂行すれば、
他の人が意外と何らかの助けをしてくれること、

会社の人は敵ではなく味方かもしれないこと、

逃げなければ誰かが(結果的に)評価してくれる(かもしれない)こと、

そしてそれは意図することではなく、
ただ目の前のことに誠実になることによってしか得られないということ。

(遂行できているかというのはまた別の話ですが)

 

この経験があったので、相対的に低スペックで
体力精神力ともに劣っていても、なんとか今も仕事を出来ているんだろうなと。

 

※なお、弊社は某国立大学(×2)出身者がほとんどを占めており、
自分の代は自分以外のすべてがそのどちらか出身。
学歴を言い訳にするつもりはないが、処理能力などは歴然の差。

 

以上が自分の経験から言えること。

 

ただそれは会社自体への信頼とは全く関係なく個別具体的な話だし、
全員が全員そういう人を得るべき/得られるというのとは違うので、
あくまで方向性として推奨しているという感じで捉えてもらえれば。

(個人的には、信頼できる社員がいない会社なら、もはや
働く理由もないので辞めちゃえばいいのではと思うわけだが、
仕事にはいろいろな目的が包含されているような気もするので
あくまで一意見として捉えてもらいたいです)

 

結論:労働時間とかの定量的な問題や、それを下支えしている業界構造などにも問題はあるけど、結局のところ、信頼できる人と働く(もしくは味方を一人でもいいから持つ)ことが一番大事

 

ここまでかなり冗長すぎるけど、
会社自体・社会全体が改善するのは難しくて
(特にこういうお金のもらい方をしていると)、
日本全体の課題としては残り続けると思う。

でも、ミクロで考えるのであれば(自衛手段として)、
自分の周りに1人でも信頼できる先輩、上司、同僚を見つけて味方にすることが、
死なないでいながらにして価値を出して働くための
数少ない手段なのではないか。

 

そして、少し視野を大きくして、チーム、という観点で見てみると、
「親和性の問題だから違和感あればやめれば」
って思うことも無きにしもあらずだけど、
そういう短絡的な考え方ではなく、
一緒にやって価値を出すという意思さえあれば
その人なりの働き方を一緒に考えることは出来るよなとも思っている。

 

「その仕事にどんな意味があるのか」
「何が相手にとっての価値なのか」
「具体的にどのように進めればいいのか」
を放置せず、ずっと見守ってくれる、助言をくれる人がいる。

それが、長くきつい労働でも乗り越えられる
唯一の解決策であるように思う。

 

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なんにせよ、こういう働き方はいいようにも悪いようにも捉えうると思うので、
自分の無理のない範囲で柔軟に思考できるといいなと。


だって、自分が幸せになるために働いているもん。少なくとも、私は。


生きているうちの大半を占める職場において、
肩肘張らない場や関係性は少しぐらいあってもいいし、

お互いのパーソナリティや価値観や能力を理解した上で
みんなで目標に向かっていけるような会社で働けると
いいなあ、と(馴れ合いではなく)。

本来労働は楽しいもので、人を死なせてしまうようなものではない。
「生きることが一番の労働である」とも言えるかもしれない。

傍を楽にするとはどういうことなのか、もっと考えたいなと思いつつ、
いったん、筆を置くこととする。